Castle

その他欧州編

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フェイラ城 Feira

ポルトの南30kmほどのところにある。かつて11世紀の城塞があったが、現在残っている建物は15世紀にホアン1世およびアルフォンゾ5世らによって再建されたもの。独特の石造りの手法で構築され、その形態もきわめてポルトガル的特色の強いものである。現在は個人所有のため内部は公開されていない。

1973.9.5 ポルトガル発行

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クロンボーグ城 Kronborg

デンマークとスウェーデンの間の狭いカテガット海峡にのぞむヘルシンガーの町にある。記録によれば、ここがデーン人の町でヴァイキングの根拠地であったころ、すでに砦として造られている。やがてデンマーク王国が成立、11世紀のカヌート王、12世紀のヴァルデマール1世のとき、城塞が構築された。当時デンマーク領だった対岸のヘルシンボーク(現スウェーデン領)にも城塞を築き、カテガット海峡からバルト海に出入りする通路を扼したのである。14世紀になってヴァルデマール4世は国内の城塞を強化したが、そのときヘルシンガーの城もゴシック風の城塞と居館に改築された。1578年になってフレデリック2世はヘルシンガーの城の館をルネッサンス風の宮殿に造り直した。これが現在残っている城の建物である。
シェイクスピアの史劇「ハムレット」のモデル城として知られるこの城だが、ゴシック風のこの城が壊されたとき、彼は14歳。第1幕のト書きに「エルシノア(ヘルシンガーの英語読み)のデンマーク宮殿のゴシック風の城」とあるものの、作者が実際にその城を見たことはなかったはず、とのことである。

デンマーク発行

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ブラン城 Bran

ルーマニア第2の都市ブラショフの南西28kmのブチェジ山麓にある。1212年に最初の木造の砦が作られるが、これは1242年のモンゴルの侵入によって破壊される。1377年11月、ハンガリー王ルイ1世の命を受け、オスマン帝国に備えるためブラショフのザクセン人によって城塞が築かれた。14世紀末になるとワラキア公ヴラド1世(ミルチャ老公)がここを居城とした。その孫が吸血鬼ドラキュラのモデルとされるヴラド3世串刺し公で、彼の居城として知られるが、ハンガリー王ジギスムントが接収後、1427年以降はトランシルヴァニア侯の支配下にあり(ヴラド3世は1431年生)、ハンガリー王の招きで数日滞在した可能性があるのみとのことである。1498年以降ハンガリー王ヴラディスラフ2世からこの城を賃借していたクローンシュタット(現ブラショフ)市は1513年にこの城の所有権を獲得。1918年戦勝国となってトランシルヴァニアを奪還したルーマニア王室へ寄進され、王妃マリアによって改修されて王宮の離宮の一つとなる。王女イレアナがこの城を相続するが、1947年に共産主義政権が接収。2006年、ルーマニア王家の末裔のドミニク・フォン・ハプスブルクに返還された。

1972年 ルーマニア発行

参考文献: 『王の城と王妃の宮殿物語』 井上宗和・著 グラフィック社
      : 『新版・ヨーロッパの城』 井上宗和・著 現代教養文庫
      : 『定本・ヨーロッパの城』上下 井上宗和・著 朝日新聞社
      : 『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行 −ルーマニアの古都を歩く』 内藤陽介・著 彩流社

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