名探偵登場 

ジョン・ディクスン・カー   John Dickson Carr
『仮面劇場の殺人』 Panic in Box C 田口俊樹 訳  原書房

イギリスからアメリカに渡る客船で元女優マージョリー・ヴェイン一行と知り合ったフェル博士は、不可解な銃撃事件に巻き込まれる。一行の向かった先〈仮面劇場〉ではシェイクスピア劇の公演を前に、関係者を招いた舞台稽古が行われていた。その劇のリハーサル中に、劇場二階のボックス席で殺人が起こる。しかし、扉は内側から施錠されており、「凶器」は現場から離れた地点で発見され、容疑者たちには完璧とも思えるアリバイがあった・・・

カーの作品では『皇帝のかぎ煙草入れ』と『帽子収集狂事件』を読んだ記憶があるのですが、とにかく最後のページにたどり着くだけで精一杯、楽しむどころの話ではなく、それ以来完全に敬遠。これを手に取ったのはひとえに訳者さんの信用でした(笑)。
というわけで、恐る恐る読み始めたこの本でしたが・・・やはり訳がいいのか、読みやすいのです。英米の文化的相違やシェイクスピア劇についてなど、会話の運びのテンポがよく、なるほど、書いてて愉しかったんだろうな〜と思わせます。

『妖女の隠れ家』  Hag's Nook 斎藤数衛 訳  ハヤカワ・ミステリ文庫

今は荒れ果てたチャターハム監獄には、不気味な伝説があった。ここを所有するスターバース家の長男が、代々首の骨を折って死ぬというのだ。父の死によって当主となったマーチンは、25歳の誕生日の夜、所長室にある金庫をあけて運だめしをすること、という家に代々伝わる儀式に従って監獄へ行ったのだが、彼もまた、井戸のそばで首の骨を折った死体となって発見されたのだった・・・

フェル博士初登場の作品だそうであります。
初めて読んだのは小学生の頃、子供向きのダイジェストだったのですが、かつて魔女(とされた人々)を縛り首にしたという荒れ果てた監獄に、夜一人で行って1時間過ごす、という肝試しな設定がとにかく怖かったのを覚えてます(笑)。
初代マーチンの残した暗号の謎、井戸の謎、と徐々に謎が解けていって、最後に劇的な犯人逮捕、というすっきりした展開。時計の扱いがミスディレクションになってて、みごとに引っかかりましたです(笑)。
助手役にアメリカ人のランポール青年を配して、英米の文化的相違についての会話をフェル博士とさせたりしてますが、どうやらこれ、カーの好きなトピックだったんですね。

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エラリー・クイーン   Ellery Queen
『エジプト十字架の謎』  The Egyptian Cross Mystery 井上 勇 訳  創元推理文庫

田舎町で小学校の校長が死体で見つかった。それも首を斬られ、T字路のT字型道標に磔にされており、被害者の家の扉にはTが血で殴り書きされていた。事件を聞きつけたエラリーは父のクイーン警視ともども現場におもむいたが、手がかりを発見することはできず、このまま迷宮入りするかに思われた。しかし6カ月後、恩師のヤードリー教授から電報が届いた。筋向かいの家で、そっくりな殺人事件が起きたのだという・・・

首なし死体が4回登場、というなんともはや、絶対に映像では見たくない小説(苦笑)。ともあれ、最後の一大追跡劇に続くどんでん返しにはすっかり騙されましたね〜。
エジプト十字架という推理はエラリーの半可通だったことが中盤あたりで指摘されるのがご愛敬。というわけで実はエジプトよりも中央ヨーロッパ・バルカンとの関わりが強い事件なんですが、「迷信と暴力の本場」だの吸血鬼の連想だのとあるのを読みながら、こんなこと書いちゃっていいのかしらん、と人ごとながらちょっぴり心配になってしまったのでした(日本だったらどう書かれちゃうんだろうと思うと・・・)。

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ジョルジュ・シムノン   Georges Joseph-Christian Simenon
『男の首 黄色い犬』  la tete d'un homme le chien jaune 宮崎嶺雄 訳  創元推理文庫

「男の首」 : サンテ監獄の厳戒房第十一号監房から、二名の夫人を殺害したかどで、その日の朝、死刑を宣告された男が、無名の手紙に誘導されて、いま脱獄しつつあった。五十メートル背後の闇の中からは、メグレ警部の一行が、そのさまをじっと目撃していた。 背後にひそむ真犯人を捕らえるために、メグレ警部が職を賭してうった一世一代の大賭博だったのだ・・・

どことなく陰鬱で、白黒映画を思わせるトーンの作品。
しかし、なんといってもこれは犯人に驚きました。まるで宮部みゆき作品に出てくるような複雑な犯人像。
奇抜なトリックがあるわけではありませんが、心理描写が読ませます。

「黄色い犬」 : ブルターニュの漁港コンカルノーで、温厚な酒類取引商が銃で撃たれる事件が起きた。レンヌの機動警察隊に派遣されていたメグレは、市長からの要請を受け、若い刑事を連れて町へ乗り込んだが、ホテルで出されたペルノのびんにはストリキニーネが混入されており、新聞記者が自動車内に血痕を残して失踪。事件が起こるたびごとにそこに姿を見せる黄色い犬と、浮浪者らしい大男の正体は・・・

実はこれが初めて読んだシムノンの作品。子供向けのダイジェストでしたが、シムノンの作品からこれが選ばれたのは、一応ハッピーエンドな結末が子どもにも分かりやすいということだったんでしょう。
今読んでみると結構皮肉も効かせてありますが・・・(笑)。まあでも、人情家メグレの良く出たラストです。

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アール・スタンレー・ガードナー   Erle Stanley Gardner
『管理人の飼猫』 The Case of the Caretaker's Cat 小西 宏 訳  創元推理文庫

火事で焼死した富豪の別荘管理人アシュトン老人は、主人の遺言により引き続いて仕事を保証されることになっていた。しかし、遺産相続をした孫が、老人はともかく、飼い猫のペルシャ猫までおいてやる義務はない、と難題をふっかけてきたのだという。依頼を引き受けたメイスンだが、事務所の窓から見えたのは、帰宅する老人を尾行する車だった・・・

富豪の財産はどこに隠されたのか? お気に入りの孫娘が相続から外されたのはなぜか? ガレージで看護婦が見たものは・・・などなど謎が増えてきたところで起きる殺人事件、ととにかくテンポのいい展開です。
無実と睨んだ容疑者を警察より先に出頭させるというスリリングな場面に続いては、秘書のデラ・ストリートと新婚旅行の一芝居。何でそうなるの? と眼を白黒させましたが、これが見事にラストのどんでん返しに生きてくるんですよね〜。
ペリイ・メイスンものは、クライマックスの法廷場面が法廷用語だらけで、「異議あり」「異議を認めます」の連発にだんだんこちらの気分がだれてきた記憶があるんですが、この作品ではほどほどのところで真相解明モードになって、一気に読めました。

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アガサ・クリスティ   Agatha Christie
『オリエント急行の殺人』 Murder on the Orient Express 長沼 弘毅訳 創元推理文庫

シリアで事件を解決したポアロのもとにロンドンからの電報が届いた。急遽帰還しなければいけなくなった彼は、寝台特急《オリエント急行》に乗車する。途中豪雪のため立ち往生する列車。その翌朝、ひとりの乗客が十二箇所の刺し傷を受けて死んでいた。乗客は欧米各地の雑多な人々。そしてその全員にアリバイがあった・・・

読んでない人でもネタを知ってるので有名なこの作品。自分もご多分に漏れず。でも、同じくネタを知っていた『アクロイド』は結構楽しく読めたので、そのつもりで読み始めたのですが・・・これはちょっとキツいかも。 電車旅の殺人、というので思い浮かべたほどには旅情が感じられないんですよね〜。内容のほとんどが取り調べときてるし。リアルタイムで、オチを知らずに読めたら、きっと「おお!」って思ったんだろうなあ、という感想になってしまいました。ハンカチのイニシャルのオチも知ってましたが、事件の中の扱いとしてはなんだかあっさりしてたし。
あと、アームストロング事件のモデルがリンドバーグ事件だというのは有名な話で、これが出版された時にはまだ犯人が捕まっていなかったのだそうで、だからこの結末になるのでしょうけれども、こうあっさりめでたしめでたしにされますと、どうもねえ・・・。そして、リンドバーグ事件が有名な冤罪疑惑事件である、ということを知っている当方としては、アームストロング事件の犯人が犯人である根拠をも少し細かく書き込んでもらえないと、なんだか読んでて落ち着かなかったです。え、ポワロの目にそう映っているからいいんだって?

ハヤカワ・ミステリ文庫の中村訳と読み比べてみたのですが、あちらではデブナム嬢のミドルネームが「ハーマイオニー」で、おやこんなところであの名前に! と思ったのですが、こちらでは「ハーミオン」だったので、あれっと思いました。綴りからするとハーミオンとしか読めないらしいですけど。
こちらは1959年の訳なので、少々古風というか、ちょっと面白い訳です。ドラゴミロフ公爵夫人が「コートを抜き衣紋風に着て」いたり。「なにもかもワヤになってしまいました。」とポワロが喋るくだりで、思わず著者略歴をチェックしてしまいましたが、あれ、この方東京生まれじゃん。なぜそこで西の訛り?

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レックス・スタウト   Rex Stout
『料理長が多すぎる』  Too Many Cooks 平井イサク 訳  ハヤカワ・ミステリ文庫

15人の名料理長が五年に一度集う晩餐会のために、アーチーとともに保養地カノーワ・スパーにやってきたネロ・ウルフ。晩餐会の前日、座興として行われたソースの材料当てコンテストの最中、ソースをつくった料理長が殺されているのを発見した。一行の中の少なくとも3人にはその料理長を恨む理由があり、コンテストの結果についてウルフが述べた意見から、一人の料理長が逮捕されたのだが・・・

外出嫌いのネロ・ウルフなので、電車に乗るというだけで大騒動。たった四日の旅行に、トランク三つ、スーツケース二つの大荷物ですよ! というわけで、名探偵のくせに事件の捜査よりも予定通り自宅に帰ることにしか眼中にないってところが笑わせます。
黒人に対する差別みたいなのがずいぶんはっきり出てるな、と驚きましたが、よく考えたらこれ、第二次大戦前に書かれた本なんですね。そんな中での黒人従業員を集めてのウルフの台詞、なかなか読ませるものがあります。
アーチーならずとも報酬をどこから手に入れるんだ、とやや心配になる展開ですが、ともかくソーシス・ミニュイの作り方は手に入れてしまったウルフ。解説によると、原書には巻末にレシピが載っているそうですね。いつか読んでみたい。
クラブ・カーでのコンスタンサとのいきさつにもきれいにオチがついて、なかなか楽しませてもらいました。

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