連城 三紀彦  Renjou Mikihiko
探偵役の人間に事件の謎を追わせるミステリーではなく、ストーリーの語り方で読ませる ミステリー。その分、特定人物に感情移入してストーリーを追いにくいということはありますが、どれをとっても凝りに凝った作品揃いで外れがありません。二転三転する解決に引きずり回された挙げ句の大どんでん返しはみごととしか言いようがなく、騙される楽しみを存分に味わえること請け合い。小説としての完成度も高く、叙情的で余韻のある描写も堪能できます。
『変調二人羽織』 ハルキ文庫

引退を決意した落語家・伊呂波亭破鶴は5人の客を招いて最後の独演会を催した。引退の原因が喉を痛めたことにあったため、噺は弟子の小鶴が手の演技を受け持つ二人羽織の芸に仕立て直されていた。噺のクライマックスに破鶴は死ぬ。集まった客のうち4人までに彼を殺す動機があったのだが、舞台には誰も近づいていないはずだった・・・作者のデビュー作である表題作「変調二人羽織」。雑誌編集者のもとに作家がアイデアを売り込みに来た。東京を密室に見立てた推理小説だというのだが・・・「ある東京の扉」。70年の年月を隔てた過去と現在の男女の死への道行き。奇妙に共通したその二つの接点とは・・・「六花の印」。その他「消えた新幹線」「メビウスの環」「依子の日記」「白い花」「密やかな喪服」「黒髪」の全9編を収録した短編集。

これだけバラエティ豊かかつ完成度の高い短編を9つも楽しめるのだからまさに贅沢な1冊。
普通推理小説を読むときは、どこで謎が出るか殺人が起きるか、と思いながら読みますが、 連城ミステリの場合は「これがどうミステリになるのか?」という感じになります。
「変調二人羽織」は出だしの鶴の話が分量の割に長々と続くのに面喰らったのですが、これがラストまで続くみごとな伏線になっていることに驚嘆。まさに無駄なものは一つも登場しません。とりわけ衝撃的だったのは「六花の印」。初めのうちは現在と過去の場面が交互に展開していくだけなのです。狐につままれたような気分で読み進めていったわけですが、ラストまできて唖然呆然・・・。どうしたらこんなストーリーが作れるんだろうと頭をひねるばかり。夫婦二人だけの世界で成立しているミステリ「メビウスの環」なども表題どおりの読後感。一筋縄ではいかない作品ばかりです。


『運命の八分休符』 文春文庫

どんぐりまなこに分厚いめがね、早くも薄くなりかけた髪。大学を出て3年、定職にもつかずに過ごしている軍平が5つの事件に巻き込まれる連作短編集。ファッションモデル・波木装子のボディーガードとなった軍平だが、彼女のライバルが殺されて・・・「運命の八分休符」。高校時代の旧友が開業している歯科医院に通院していた少女が、人違いから誘拐された・・・「邪悪な羊」。ひょんなことから知り合った劇団の研究生。その劇団を率いる大女優が、関係者を集めて「私の人生」という特別公演を行ったのだが・・・「観客はただ一人」。奇妙な犬に、一軒の家に引きずり込まれた軍平。その家に住む女性は、夫の行方を捜していた・・・「紙の鳥は青ざめて」。先輩に連れられていった高級クラブの控え室で、ホステスが何者かに切り付けられる事件が起きた・・・「濡れた衣裳」

ユーモアミステリー、と銘打たれてはいますが、そこはやはりこの作者のこと、かなり抒情味の強い作品になっています。他の作品と比較すればなるほど「ユーモア」だなあとは思うのですが。
あとがきの著者の言葉を借りれば「自分の恋心さえ受け付けないほどの低カロリー体質」な主人公。主人公が出会う女性にモテモテで、と聞いて想像する展開とは全く方向が逆で、それはそれでありえない気はしましたが、あんまり気にはならなかったですね。
例によってひねりの効いた真相も健在です。

どうでもいいといえばものすごくどうでもいいんですが、一つ気になったところ。「100グラム320円の牛肉」なんか買ったら、我が家ではかなりの奮発です。書かれた当時って、牛肉そんなに高かったんでしょうか?


『どこまでも殺されて』 双葉社

冒頭は手記。「どこまでも殺されていく僕がいる。いつまでも殺されていく僕がいる……」小学校から高校生になるまで、叔母に教師に友人に7回、僕は殺された。そしてまた八度目にまた殺されようとしている・・・。
高校教師の横田の許に「助けて下さい。殺されかかっているんです。僕は今」という電話が掛かってきた。同様のメッセージは、教壇の足下に落ちていた紙飛行機に、そして朝の黒板にも現れた。一部の生徒の協力を得て、横田は助けを求めているのが誰なのか、何が起きようとしているのかを探り始めた・・・

冒頭から謎に満ちた手記です。比喩的な意味ならばともかく、人間が7回殺されるなんてことはあり得ないわけで、これってどういうこと? と思ったところで場面は唐突に転換。今度はこの生徒が殺されかかっている話とさっきの7回殺される話はどうつながるの??? と思いながら読み進めることに。最後の最後まで、どういう解決になるのやら見当もつかなかったのですが、解決編に到ってしばし呆然。意外性の極致とでも言いたくなるような真相でしたが、それにしても後から気付けば周到な伏線が準備されているわけで・・・みごととしか言いようがないです。
もっとも、個人的には学級委員の女生徒があまりに“名探偵”すぎるのがややつっかえました。新聞記事調べるのだって簡単じゃないだろうと思うし・・・


『暗色コメディ』 新潮文庫

デパートのアナウンスに呼び出された場所では、既に夫は「もう一人の自分」と外に向かうところだった女性。自殺しようと飛び込んだトラックが消えてしまった画家。あなたは一週間前の交通事故で死んだはずだと妻に主張される葬儀屋。姪の一言から、妻が別人にすり替わっているという疑惑にとらわれるようになった外科医。都内随一の精神病院を舞台に、ひとつに結ばれていく4つの事件。その背後にあるものとは・・・

叙述ミステリーの作風だし、それでなくても4人ともが精神病院の患者だし、というわけで一応「信頼できない語り手」(byデイヴィッド・ロッジ『小説の技巧』)の認識を持って読み始めたのですが、読んでいる内にだんだん自分が正気なのかどうか、分からなくなりそうな気分になってしまいました(苦笑)。
中盤を過ぎると、このままこの話は狂ったままになってしまうのか? と思いたくなってもしまうのですが、このへんで極めてまっとうに論理的な解決がつきます。しかし、これでやれやれと安心してしまうとところがどっこい、さらなるどんでん返しが用意されているという・・・、とことん気の抜けない作品なのでありました・・・


『戻り川心中』 ハルキ文庫

二つの心中未遂事件を起こして二人の女性を死なせ、その顛末を歌に残して自らも命を絶った大正の歌人・苑田岳葉。しかし心中事件と作品の間には、ある謎が秘められていた・・・表題作「戻り川心中」。右手の指のない兄貴分の世話をしていた“俺”はある日、理由も分からぬまま、ある人を殺すように命じられた・・・「桐の柩」。寝たきりの元軍人が自殺した。その場に行き会わせた“私”はその死に疑問を抱くが・・・「菊の塵」。その他「藤の香」「桔梗の宿」「白蓮の寺」「花緋文字」「夕萩心中」の「花葬シリーズ」全8編を収録した短編集。

明治〜昭和初期に時代をとり、抒情味豊かに描かれた作品はしかし、ラストにいたって読者を呆然とさせる意外な結末を用意されています。それこそ「白蓮の寺」ではないですが、積み上げてきた思いこみが根こそぎ崩されるような真相ばかり。ということで、やや後味の悪いものもありますが、事件が違った構図を見せる転換の鮮やかさはどれも見事です。
個人的には、男と女のねじれた情念を描いた「桐の柩」や、大臣の妻と書生との心中事件をとりまく意外な背景を描いた「夕萩心中」が印象的でしたが、やはり、こういう真相があるんだ、と驚かされた「戻り川心中」がとりわけ印象深かったです。「もし啄木が富豪で、空想だけで貧しい生活を歌ったのだとしたら、もし芭蕉が実際に旅することなく句を産み出したとしたら、もし茂吉が現実の母の死に遭遇することなく、あの「死にたまふ母」を想像だけで歌いあげたとしたら、後世の評価はもっと別の形をとったのではないか」というくだり、かなりドキリとさせられるものがありました。


『私という名の変奏曲』   新潮文庫

世界的に成功したファッションモデル・美織レイ子が自宅マンションで死体となって発見された。レイ子と婚約するために妻子を棄てながら三カ月後に一方的に婚約を解消された初老の医師が、容疑者として逮捕されたのだが・・・

それまでも連城作品は読んでいましたが、『夢ごころ』『残紅』、少しミステリ色が強くて『飾り火』というところだったので、初めて読んだミステリというとこれになります。レイ子が自分を「誰か」に殺させるようにしむけるのが第一章なのですが、自分がレイ子を殺したと思いこんでいる人間がなんと7人も登場。この多すぎる犯人たちにどう解決がつけられるのかと思ったら・・・最終章で明かされるトリックには唖然呆然。初めてお目にかかった連城トリックなだけに、こんなミステリがあったのかと、とにかく強烈な印象が残った作品でした。
もっとも久しぶりに再読したら、ちょっとこの方法は現実味という点で難があるかなあという気がしないでもなく、ヒロインがとことん感情移入しにくい女性なのにもかなり辟易(こんな人が身近にいたら、私だって殺意をおぼえるかも・・・;苦笑)。これで捜査陣までアクの強い面々だったりしたら話がぼやけてしまうのは分かるんですが、それでも登場する刑事さんたちのまともさに、読みながら何となくほっとしたのでした(笑)。

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