Opera DVD Collection

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ロッシーニ  「アルジェのイタリア女」

生まれて初めて見た(抜粋映像ですが)ロッシーニのオペラが、実はこの演目でした。コーナーの扉ページにも書いたように、カルチャーセンターの「オペラ講座」なるものに1年通ってた間に一度、1998年パリ・オペラ座の「アルジェのイタリア女」の1幕フィナーレの抜粋映像が紹介されたんです。ムスタファは虎の毛皮なんぞかぶっているし、歌詞の内容はディンドン、チクタクの擬態語に、「頭の中で鐘が鳴っている〜」というようなもの。ロッシーニといえば「ウイリアム・テル」の序曲しか知らなかった当時の私には、正直、面白いどころか、むしろ当惑というべきものでしかなく・・・。

「セビリアの理髪師」「チェネレントラ」でロッシーニに親しむようになってから、改めて話の筋を知りましたが、スタンダールが絶賛したというこのオペラ、而してその筋書きは、妻に飽きたアルジェリアの太守が、若くてきれいなイタリア女をさらってこさせたが、機転の利く彼女は、奴隷にされていた恋人ともどもまんまと逃げ出す、というもの。しかもその逃げ出す方法というのが、何を見ても決して口をきいてはいけないという秘密結社に太守を誘い、太守が馬鹿正直に誓いを守っている間に逃げ出すというものだそうで・・・。うーむ、いかにブッファとはいえ、そこまでバカバカしいオハナシのどこをどう楽しめばよいのやら、と相変わらず食指は動かず。

いささか気が変わったのは、ジェニファー・ラーモアのこの映像を目にしたのがきっかけでした。彼女のロッシーニは耳に心地よいのが気に入って、YouTubeでいろいろ聴き比べをするうちにこの映像に行き当たり、あら、あの公演の、と思いながら見てみたところ、これがなんともしっくりきたのです。
内容は分からぬながら、演出を見るに、前半で囚われの身を嘆きつつも、後半では前向きになって、オトコなんか手玉にとってやるわ、と歌っているのではないかとおぼしきアリア(大体当たってましたね)。このポジティブキャラクター、なかなか面白そうじゃないの、と興味がわきまして。

もう一つ上がっていた映像は、さすがに内容は見当が付きませんでしたが、いかにもブッファの二重唱という感じのテンポのいい曲。相手役は、コミカルな役がめっぽう上手いコルベッリですから、なぜこんなところにゴリラがいるの? と首をひねりつつもなんだか面白く。
俄然見てみる気になったのですが、判明したのは、この映像、まだDVD化されていなかったという事実(講座で見た映像はNHKの放送でした)。10年以上も経っていてはDVD化は望み薄だし、非正規盤に手を出すしかないか、でも字幕がないと意味分からないし・・・、としばらく悩んでいたのですが、なんと諦めていた正規DVDが発売! さらにしばらくしたら日本語字幕付きまで発売されたので、喜び勇んで購入しました。

演出はアンドレイ・セルパン(どっかで聞いた名前だ、と思ったら、デセイのコンサートのプログラム収録の文章で、彼女が絶賛していた演出家でした)。デフォルメは極端だし、時代設定はめちゃくちゃだしで相当ぶっ飛んだ演出です。宦官はカエルみたいなお腹だし、海賊たちはやたらと肩幅が強調されてるし。1幕のラストではおっぱいが上に浮いてるし、「化粧のアリア」でイザベッラが座っているのは唇の形のソファーだし。最後のパッパターチ合唱団は、ピストル持って葉巻吸って、なんだかマフィアみたいだし・・・。イザベッラたちが乗っていた船が沈没するところは映画『タイタニック』のあからさまなパロディだという話もききました。まあお話自体が相当ぶっ飛んでますから、このくらいマンガチックにしてちょうどいいのかもしれません。ポップでカラフルな舞台で、なかなか楽しかったのは確かです。

結構ダンサーを活用した演出で、後宮の女性たちなど抜群のスタイルが拝めます(笑)。「パッパターチ!」の3重唱で、ピザにベッド、ワインボトルの着ぐるみ(?)を着たダンサーが踊っているのには、そこまでやるかと思いましたが(笑;YouTubeにArthausの試聴用ビデオクリップがありますが、後半がこれです)。
歌手の振り付けもなかなか大変そうで、1幕フィナーレなど、あの猛烈早口をこなした上で、隊形移動までしっかりあり。見てる分には面白かったですけど。ちなみに一番大変だったのは、エルヴィーラ役のジャネット・フィッシャーじゃないでしょうか。透け透けのガウンみたいな衣装で、登場早々に前後開脚までご披露するわ、体操はする、しょっちゅう失神しかけて、とほんといろいろさせられてました。1幕フィナーレの、高い音を伸ばすところでは、タッデオが邪魔しにくるし。(余談ですけど、エルヴィーラって、どう考えてもイスラムの名前じゃないですよね。)

お目当てのラーモアですが、期待通りのすばらしさでした。イザベッラの存在感にすべてがかかってる感じのオペラだと思いますが、箱入りお嬢様のロジーナより、真面目キャラのチェネレントラより、したたかな中にも可愛げのある、このイザベッラが一番彼女のキャラクターに合っていると思います。取っ替え引っ替えの衣装はそれぞれド派手だしメイクは濃いし、なのですが、負けていない存在感でしたね。聞かせどころも一番の役ですが、もちろん文句なし。

リンドーロはブルース・フォード。このリンドーロという役、ソロは2曲もらっていて、準主役の扱いではありますが、ストーリーの展開の上ではイザベッラの手伝いをしてるだけ(しかも彼女はムスタファに色目使ってるわけですし・・・)。といってイザベッラがわざわざ探しに来てくれるのが納得できなきゃ話がのみこめない、という結構おさまりが難しい役のように思いますが、フォードのリンドーロは、とぼけた味があって、ノリも良くて、ぴったりはまっていて良かったです。船乗りの衣装が様になる体格でもあり(ラストのマフィア風も;笑)、ちゃんとイザベッラとの間に恋人らしい雰囲気もありましたし。カイマカンになったタッデオの衣装に、ちょっかい出してはたかれるシーン、好き(笑)。

タッデオのコルベッリ、勘違い男という役どころですが、こういう笑いをとる役をやらせたらさすがにピカ一。カイマカンの衣装で出てくる時は、時々のっぽになっていて、あれ、どうやってるんだろう?(ムスタファの椅子がつり上げられているのは、安全ベルトまで映っちゃってましたが・・・)、って不思議がっていたのですが、しばらくしてようやく分かりました。肩車なんですね!

アライモのムスタファ、サダム・フセインかカダフィ大佐かっていうようなどこぞの独裁者的雰囲気はよく出ていましたが、・・・私はこの役、もうちょっと愛嬌というか、抜けた感じがあった方が好みのような気がします。

音楽はいかにもロッシーニのブッファらしい、テンポの良さが楽しめます。「妻を娶らば」みたいなリンドーロとムスタファの二重唱とか、好きですね〜。でも、これだけロッシーニを歌える歌手揃えて、楽しい演出で、それでも気に入ったシーンから徐々に馴染んでいったような具合だったので、ロッシーニ初心者が初めて手に取るディスクとしては、あんまりお薦めできないかなとは思いますが。ともあれ、「恋愛論」だの「赤と黒」だのを書いたスタンダールが、このドタバタ劇を楽しんでいたのかと思うと、ひたすら意外! です。

「パッパターチ!」の三重唱は、ブレイクで検索していて見つけたこの映像を、以前から愛聴していました。コンサート映像ですが、3人とも楽しそうにはじけていて、見てるこっちまで楽しくなってきます。ハンプソンがタッデオというのも面白いですね。コンサートならではの配役だと思いますが。典型的なブッフォ役なので、舞台では絶対やらないでしょうし。
個人的に、へたばってる時に一番聴けるのがロッシーニのブッファなんですね。なんだか、ただぼーっと聴いていても楽しいので。というわけで、ときどきヘビロテしています(笑)。

ご贔屓メッゾのボニタティブスも、最近このイザベッラをレパートリーに入れているようで、ちらほらYouTubeに映像があがっています。ローザンヌの舞台は、演出があんまり魅力的ではないですが・・・。でもガラ・コンサートの映像は愛聴中。

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