昨年サントリーホールで上演された「フィガロの結婚」。NHKで放送された映像の録画を、ひょんなことから貸してもらって見ました。映像それ自体は私のスタンダードであるところのシャトレ座のものと比べて、特に良いとも思わなかったのですが、ついつい注目してしまったのが、伯爵役のマルクス・ヴェルバ。だって、ケルビーノと並んで同年配に見える伯爵なんて、初めてだったんですもの。伯爵夫人が成熟女性って感じだったので、つい、・・・ロジーナってば、年下趣味? などと思ってしまったことでありました(笑)。アリアの場面も何だかだだっ子みたいだったし。(YouTube参照)
声自体は悪くないし、小柄だけどハンサムだし、どういう役だったら似合うかなあ、と思ったところで見つけたのが、2002年のメルビッシュの「チャールダーシュの女王」。YouTubeにも映像がありましたが、ずっと生き生きと歌って踊っていて、俄然全曲を見たくなりまして。
この映像、ドリームライフが国内盤DVDを出してくれているのですけど、ちょっとお値段が張るのですね・・・。と思ってふと気がついたのがユニテルの映画版の存在。調べてみたら廉価盤の方はすでにアマゾンでもHMVでも売り切れじゃありませんか。これはまだ他で手に入るうちに、こっちを先に買うべきかも、と。そういうわけで、まずはライブラリーでこちらを鑑賞してみることに。
なんたって素晴らしかったのが、タイトル・ロールのシルヴァを歌うアンナ・モッフォ。気の強そうな美人さんで、爵位が何よ、私はチャールダーシュの女王よ! という誇り高き職業人にどんぴしゃり。ラストの、ホテルの部屋からものを投げまくり、全部投げ尽くしたわ、と出てくるシーン、密かにお気に入りです(笑)。かなりメゾっぽい声のソプラノですが、こういうチャールダーシュみたいな曲は、むしろこういう声のが合っていると思うので、歌の方もすっかり気に入ってしまいました。衣装の取っ替え引っ替えもすごいですね〜(笑)・・・まあ、普通にワルツか何か踊るシーンはともかくとして、舞台でこの役をやるには、もうちょっと踊れないときついかな、と思わせられるところはありましたけど。
エドウィン役のルネ・コロは・・・。「マリッツァ」のタシロでも、歌に演技がついてってない・・・と感じる場面がありましたが、こちらでは、この人映像向けの演技できないのかしら、って感じです。何となく、あなた本気でシルヴァを愛しているわけ?! と胸ぐらつかんで詰め寄りたくなるというか・・・。歌も「マリッツァ」の方が聞き応えありましたし(あと個人的には、お髭もない方がいいと思う)。
ボニ役はシャーンドール・ネーメット。何度も来日していて、日本のオペレッタファンにもお馴染みの人らしいです。達者なのは分かるんですが、どうにも軟派に見えまして。シュタージの趣味を疑いたくなるというか、いくらなんでも軽すぎやしない? と最初は思ったのですが、何度か見てるうちに、これはこれでいいか、てな気分になってきました(笑)。ふと思いついてYouTubeで検索してみたら、「マリッツァ」のジュパン(ハンガリー語版)なんてのがありました。こっちも合ってますね。
シュタージ役はコラー。「マリッツァ」のリーザ役でも見ましたが、この役の方がずっと生き生きして見えて気に入りました。「マリッツァ」でもジュパンと踊るシーンがありましたが、この映像、ボニ役のネーメットもダンスが上手いので、「お嬢さん 男もいろいろさ」の二重唱など、まず二人のダンスが見もの。先にメルビッシュのビデオクリップを聴いてしまっていたので、演奏のテンポがかったるく感じるシーンもあったのですが、この場面はノリが良くて大好きです。
あと、歌のない役ですが、オルフェウムの支配人から伯爵家に転職したミシュカが、よい味出してて
印象に残りました。
というわけで、購入を決めるほどに気に入ったところはたくさんあったのですが、ユニテルのオペレッタ映画シリーズの中で比べれば、「ルクセンブルク伯爵」「マリッツァ」のお気に入り度には及ばない・・・のが正直なところではあります。
実のところ、一番個人的に気になってしまったのは、エドウィンの母親の設定です。オペレッタの本をいくつか読んだところでは、本来の設定では、母親は自分が歌姫だったことは隠しているものの、別に二人の結婚に反対はしておらず、何も知らない父侯爵だけが反対している、というものであるらしいです。そうだとすると、母親の方が積極的に反対している、というこの映画版の設定、あんまり趣味のいい変更じゃないと思うんですよね・・・。それも自分の出世がかかっているからというあたりが、何だかなあ、という感じ。人種差別的な台詞が出てきたりするのにも、オペレッタにあんまりそういうものを持ち込まないでほしいなあ、と思いましたし。
そうこうするうちにHMVがDVD2点で27%オフなんてマルチバイを始めましたので、メルビッシュの映像も、「小鳥売り」と組み合わせて購入に踏み切りました。
シルヴァ役のヴェーラ・シェーネンベルクは、スタイルが抜群で舞台映えはするし、かなり踊れもするのですけど、モッフォと比べると分が悪いというか、もうちょっと歌姫のカリスマと声の迫力が欲しいところ。エドウィン役のフェルディナント・フォン・ボートマーはコロと比べて良いとも思えないし(こういう役こそライナー・トロストがぴったりなのに、としつこく思う私)、シュタージ役のグロトリアンも可愛さでコラーに負け、踊りの上手さではさらに負け(歌は良いと思いましたが)、とキャストについてはいろいろ思うところはありましたが、演出全体としては、ユニテルの映画版より気に入りました。
演出家はチューリヒの「メリー・ウィドウ」で気に入ったヘルムート・ローナー。廃墟を思わせる舞台で、フェリ・バーチの回想という形で始まります。時計の針が戻ると、覆いが取り除かれて電飾ピカピカの華やかな舞台に。物語の語り手も務めたこのフェリ・バーチ役のハルシャーニがなかなかの存在感で(「我らは皆罪人」)、2幕初めの、ハンガリー人とウィーン人の違いの話とか、面白かったです。
全体に、オーストリア=ハンガリー帝国の最後の華やかな時代、を感じさせる舞台で、「バルカンでチャールダーシュが踊れる日まで」というローンスドルフの台詞が印象的でした。思えば、初演は第一次大戦真っ最中だったんですよね。ビーブルのインタビューだったか、宗教関係からクレームがついて、演出が一部変更になったりしたという話を読んだ記憶があるのですが、今となっては出典不明です。どこがそんなに過激だったのかしら。
もちろんオペレッタ的楽しさも申し分なく、映画版でカットされていた「Liebchen, mich reisst es」の4重唱では、あてつけがましく別の相手と仲良くしようとするシルヴァとエドウィンの間で、お互いが気になって仕方ないボニとシュタージが振り回されてるのにお腹かかえて笑わせてもらいました。(当該場面はYouTubeにはないのですが、こんな曲です。参考までに)。
傷心のシルヴァと、フェリとボニが歌って踊る「ヨイ・ママン」、このオペレッタ一番のハイライトなんだそうですが、これはやっぱり舞台を見なければ納得できなかったですね。1回だけですが、ちゃんとアンコールもあります。(まあ、映画では、モッフォが踊れないから酔っぱらいにしたんでしょうけど。)
エドウィンの両親は本来の設定で、父侯爵役のハラルト・セラフィンがずっこけた頑固親父を抜群の演技力で楽しませてくれました。母が元歌姫であることが判明した後、
新旧歌姫でデュエットという趣向も楽しいというか、やっぱこっちのが良いです。(個人的にはこのイーロッシュの声の方がシルヴァの声のイメージで・・・全盛期の彼女でこの役見てみたかったと思いました。)
ラストでは何と、舞台の後ろに巨大な豪華客船登場。さすが湖上舞台、やることが違う! と思ったら、一緒に見ていた家人が、「ウィーンからアメリカに船で行けるか?」と至極まともなつっこみを入れてくれました。
お目当てで見たマルクス・ヴェルバですが、このボニ役は絶品。歌って踊れて演技ができてしかも粋! シルヴァと並ぶと弟分にしか見えないのも、この役にはぴったり。セリフ回しでも結構笑いをとってましたし(「彼女はまだ僕を食べつくしていない」「ボニ、君はまだ童貞か!」とか。・・・あんたらなんちゅう会話してるんですか)、バリトンつかまえて、可愛い〜♪てのもどうなのよ、と思いつつ、すっかり気に入ってしまった次第です(笑)。これはオペレッタでは将来有望だわ、と調べてみたら、フォルクスオーパーで「こうもり」のファルケとか歌ってるみたいですね。引越公演の際にこの役で来日したこともあるようです。6年経ってもあんまり印象変わってないし、まだまだこの役いけるはず。是非生でも観てみたいです。
ところで、事前にあらすじを調べたところによれば、ラストはボニが一芝居うってめでたくハッピーエンド、ということだったのですけど、映画版もメルビッシュのも、どちらも全然違うんですけど。一度その一芝居ってやつを見てみたいもんですけど、生舞台に期待するしかないかしら。
しっかし、ドリームライフのオペレッタDVD、ブックレットの校正、ボランティアでやってあげましょうかといつも思うのですが、今回、字幕を見ていても、このへん誤訳じゃないのかなあと思うところが散見されました。しかし、私のドイツ語リスニング力では聞き取れず、ドイツ語字幕もなし。高いお値段とるんだから、原語字幕くらいつけといてください。
YouTubeを見ていると、「マリッツァ」と同様、こちらののハンガリー語版もどっさりありました(映画版とか)。面白かったのがこの映像。オペラ映像の吹き替えって初めて見ましたよ〜(笑;オリジナルはこちら)。 まさかモッフォやコロまで吹き替えにお付き合いしたとは思えないのですけど、別人が吹き替えたのかしら? (・・・てなこと思ってたら、英語版まで発見! ・・・別人の吹き替えにきこえるんですけど、音質があんまり良くないせい? 同じ場面のオリジナル。)
「マリッツァ」の映画版と同じシリーズでロシア語の「チャールダーシュの女王」もありまして(こちらは全曲アップされているみたい)、これはどうも曲の歯切れの良さとロシア語があまり相性良くない感じではありましたが、びっくりしたのがこの場面。この曲をシルヴァが歌うんですねえ。