ロンドンとウィーンの公演が大評判だったローラン・ペリー演出の「連隊の娘」。ご贔屓ソプラノのナタリー・デセイがタイトルロール、しかも楽しいオペラだと聞けば、興味を持たないはずがなく。ロンドンでもウィーンでもTV中継されたようで、YouTubeでもいろいろ映像は見られるのですが、このオペラを見たことがない私には、何となく楽しそうながら、何の場面だかさっぱり・・・。ああ、日本語字幕付きで見たいよ〜、とずーっとじたばたしてました。そんなわけで、何気なく見たメトロポリタンのライヴビューイングのラインナップにこの演目を見つけた時には、そうか、メトでもやるんだった! と驚喜しましたよ〜。以来上演日を指折り数えて楽しみにしてました。
これだけ評判の公演ならきっとDVDが出るだろうけど、デセイとフローレスは所属会社が違うし、ロンドン・ウィーン・メトと3種類も映像があるんじゃ、きっとすぐには出ないだろうなあ・・・って思ってたんですが、あにはからんや、ライブビューイングへ行く前に、あっさりロンドン公演がDVD発売。びっくりです。国内盤出るという話だったのですが、まだ出ませんね?
というわけで、徒歩20分のところにシネコンがありながら、まだ一度も見に行ったことがない人間が、これまた滅多に足を踏み入れないミッドランドスクエア(だってランチでも良いお値段するし、まだ混んでるんだもん)まで行って参りました。
見終わった後、胸がいっぱいで、しばらくぼーっとしてました。笑って笑って、ほろっとさせて、最後にはハッピーな気分にさせてくれて。やっぱりドニゼッティっていいわあ〜。
ペリーの演出は、オッフェンバックのオペレッタで見たことがあって、斬新かつ楽しい演出に目を瞠ったものですが、これは比較的オーソドックス。まあ、神話の世界のお話ではないですものね。でも抜群に楽しい演出だったのは確かで、コーラスなどの人の動かし方も絶妙。1幕の床が一面大きなヨーロッパ地図(折り目つき)なのもしゃれていて面白かったです。マリーが餞別の品を取り出すシーン、じゃがいもがしっかり芽が出て緑に変色していたのには内心爆笑でした。なぜかお花はそのまんまでしたけど。セリフも随分変えてあるとかで(マリーの婚約者はボブスレーのオリンピック選手だそうですし)、スタイリッシュで現代的な舞台になってました。
キャストでは、なんたってナタリー最高! 出ずっぱりなのに、跳んだりはねたり舞台狭しと動き回って、おてんば娘を大熱演。お目当てで行ったのは確かなんですけど、一挙一動にもう目が釘付け。表情もくるくるとチャーミングで、なんとも魅力的なマリーでした。アイロンかけて、じゃがいもの皮剥いて、そしてレッスンの場面とこれだけアクション満載なのに、コロラチューラの見事なこと! 「フランス万歳」なんか、よくあんな体勢で歌えますよね〜。一方でしっとりアリアは切々と聴かせてくれて・・・。歌も演技ももう絶品! 私、この人のコメディセンス抜群のとこが大好きなのですが、DVDで見たどの映像より印象的でした。現時点での彼女の最高傑作じゃないでしょうか。
トニオをフローレスってのは、歌・容姿ともに、まあ現在最高のキャスティングなんでしょう。コメディーセンス抜群だとも思えないし、私の耳ともあまり相性が良くないのですが、さほど気にならずに見ていられました。2つめのアリアには、なるほどうってつけだと思いましたし。でもやっぱり、見てると微妙に鼻につくのよね・・・
幕間のインタビュー、息切らして出てきた出演者をつかまえてやるのにはびっくりしましたが、ハイC連発のアリアのことを訊かれて、「2つめのアリアのが難しいんですよ」と答えてたのに、へえ〜、と思いました。シラグーザが雑誌のインタビューで同じこと言ってましたので。
コルベッリのシュルピスはさすがブッフォの名人、期待通りの面白さ。フェリシティ・パーマーの侯爵夫人には初めてお目に掛かりますが、大げさな演技がはまってて面白かったです。ドスのきいたメゾ声が印象的でした。クラーケントルプ公爵夫人役はキャスト変更だったとかで、映画館のホームページに出てるのはもちろん、ご丁寧に当日配布のタイムスケジュールにも載ってました。・・・この役目当てでこの演目見に来る人っているのかしら、とか思っちゃいましたけど(笑)。こちらもまたいじわるばあさんを達者に演じて楽しかったのなんの。ちょい役のホルテンシウスまでしっかり印象的でした。
これを生で見られたらなあ、と思う反面、大画面のどアップ字幕付き、だったからこその感激かも、とも思ったり。前から4列目でしたし。(私、視力が相当悪いので、今までの舞台鑑賞、オペラグラスなしでは字幕も読めませんでしたから・・・)
家でのんびりDVDを見るのもいいけど、映画館だとスクリーンしか見えないので、やっぱり集中力が違いますね。シュルピスのピアノで侯爵夫人が歌うシーンとか、戦車登場のシーンとか、映画館の客席からも笑い声が上がって、ちょっとライブ感覚が味わえたのも良かったです。
ちょっぴり残念だったのが、この楽しさを一緒に味わう相手がいなかったこと。実は、実演よりはまだ安い、ということで友達に声はかけてみたのですけど、次の日勤めに行かねばならぬ身としては日曜の夜というのはいささか辛いですし、普通の映画よりは随分高いし・・・。
ところで、有名なハイC連発アリアは、ご贔屓テノールのロックウェル・ブレイクが歌ってるのを愛聴版にしてました。YouTubeで聴き比べをして、これが一番くせが控えめで聞きやすいな、と思ったのから音だけもらってきたもの(こちら。映像としては見れたもんじゃありませんので)。聴き比べできるくらいいろいろ映像はあるんですが・・・、はっきり言って、基本的に力入りすぎでフランス語に聞こえまへん。中には舞台映像もあって、あら、舞台でも歌ってたのね、とは思ったのですが、さすがにこのアリアだけ聴いてる分には、食指が動かず。
気が変わったのは、二重唱の場面を見つけたとき。どんな場面かも何言ってるかも全く分からないのに、見てるだけで楽しい! 俄然全部見たくなって、さほど画質が良いとも思えなかったのに手に入れてしまいました(もちろん非正規ですが)。話の筋を覚えてるうちに、とこのサンチャゴ公演(1990年?)の映像も鑑賞。
ブレイクのトニオ、元気いっぱいです。この人にかかると、連隊の連中に捕まって銃突きつけられてもまるで悲壮感なし。愉快というか憎めないというか、そりゃあ父親代わりならつまみ出してやりたくなるわなあ、って感じで楽しいです(笑)。やっぱりこの人、こういうコメディー路線の方が収まりがいいですね。例のアリアもめちゃくちゃ楽しそうに歌ってくれてます。最後ハイC3連発して合計11回にするのがこの人の標準仕様なのですが、舞台でもこれなんですね〜。さすがに、2つめのみたいなしっとりアリアにはちと不向き、フローレスみたいな大喝采にはなりませんでしたが、ラストの殴り込みをかけるシーンなどには、迫力のある声がぴったりだと思います(贔屓目)。
セッラのマリーはわがまま嬢ちゃん風。炊事も洗濯もやってる気配がしないんですけど(笑)。演出と歌手のキャラでここまで違うタイプになるのね〜、とこれまた感心してしまいましたが、こちらのマリーもチャーミング。私の命の恩人に何するのよ、ってシーンも、一生懸命というよりは何だか芝居気たっぷりで笑えました。お城に連れてこられてからも、青菜に塩って感じはなく、結構元気に反抗してました(レッスンの場面)。2幕の最初、この演出ではマリーのバレーのレッスンだったのですが、先生の手を踏んづけちゃったりして。それに高音の安定感といったら! 正直言って、好きな声とは言い難いソプラノなのですが、これには圧倒されました。コロラチューラも見事でしたし。
うってかわってオーソドックスな演出でしたが、主役二人が達者なおかげでなかなか楽しめました。スペイン語字幕ですから、セリフの違いなどは分かりませんでしたが、侯爵夫人に呼ばれたお客がぞろぞろ入ってくる場面、お客にさりげなくフランケンシュタインが入ってたのには爆笑しました。ペリーの演出では、このお客の名前読み上げ、カットでしたね。何かドイツっぽい他のお客の名前に上手に紛れ込んでたんですが、これが微妙にドイツでもない感じで・・・。ベルケンフィールドのお城ってどこが想定されてるんだろう? ってちょっと気になってしまったりして。
ところで、一時の興奮が落ち着いてくると、ちょいと引っかかることが出てきました。冒頭の合唱が「フランス軍が攻めてくる〜」って内容。シュルピスがトニオに、バイエルンがどうとかって話しかけるセリフがあったし、皇帝陛下がどうのとも言ってたから、ナポレオンの時代ですよね。そういえば、フランスとバイエルンが組んでチロルを占領してたんでしたっけ(ちょっとばかりチロル史勉強したことがあるんです)。
でも、待てよ、チロル民衆、その支配に対抗して武装蜂起してなかったっけ。確か、オーストリア正規軍がまともに機能しなかったんで、民兵組織が解放戦争を戦って、一時は自治にまで成功してたはず。・・・とすると、同胞がレジスタンス戦ってるのに、占領軍の女の子に惚れて、あろうことか占領軍に志願までしちゃうトニオの行動って・・・いいんでしょうか。ウィーン・フィルのニューイヤーコンサート、ラデツキー行進曲を聴きながら、「イタリア人怒んねえのかなあ」と父親がつぶやくのが我が家の恒例行事なのですが(ラデツキー将軍のミラノ入城を記念して作られた曲ですもんね。・・・だからこういう娘ができるわけですが)、そのでんでいけば、フランス万歳なんかで終わるこのオペラ、チロル人怒んないのかしら・・・。