白状しますと、私、このオペラ苦手でした。笑えるシーンがないこともないけど、基本的にああ楽しかった! ってストーリーじゃないですし。映画ならまだとっつきがいいかも、と選んだロージー監督のオペラ映画も、根性で最後まで見たものの、まあLDの映像が悪かったってのもあるんでしょうが、とても集中して見たとは言い難い状態。というわけで、オペラ鑑賞が決まった時点で、連チャンでこれはきつい、とマリオネット劇鑑賞をパスすることも決定。「魔笛」もやってたんですけど、ちょうど日程が合わず。(キンスキー宮劇場で「フィガロの結婚」をやっているという情報も拾ったんですが、変更になったのか何なのかでやってなかったです。こっちだったら見たかったんですけど。)
ミロシュ・フォアマン監督の「アマデウス」のロケがプラハで行われたことは知ってたし、オペラシーンはこの等族劇場で撮影されたというのもおぼろげながら記憶にありましたが、恥ずかしながら私、古い町並みが残ってるからプラハだったのね、と漠然と思ってただけで、実際にモーツアルトとご縁のある街だった、ということは旅行の下調べして初めて知りました。「ドン・ジョヴァンニ」の初演も、この等族劇場でモーツアルトの指揮だったんですね。(帝国等族ってのは、帝国議会へ出席する資格のある人間のことで、まあ貴族だと思っておけば外れてないと思います。)オペラハウスだけでもこの等族劇場の他に国民劇場Národoní divadlo、国立歌劇場Státní operaと3つもあるプラハ。Co čech to muzikant.(チェコ人といえばみんな音楽家)なんていう言い回しもあるそうで、プラハ、存外に音楽の街でした。観光客を当て込んでるところもあるんでしょうが、一歩歩けばコンサートに当たるというか、教会でもちょっとしたホールでもあちこちでやってるし、あちこちでチラシくれるし置いてあるし・・・。
チケットは、街歩き初日に直接劇場で買いました。ちなみにここでもらえたパンフレットには「世界トップ・クラスのキャスティング」なんて書いてありまして。英語じゃどうなってるのかと思ったら、“top-quality international singers”ですって。キャストを見れば確かに外国人歌手もいるけど、でも9割チェコ人だよ〜(笑;残りもほとんど東欧勢だし)。それに世界トップクラスのチェコ人歌手って誰かいましたっけ。Gruberováはスロヴァキア人だし・・・。あ、Koženáがそうですね。
というわけで初めて足を踏み入れますオペラハウス。等族劇場、旧市街の少し外れにあって、ちょっとこじんまりした劇場ですが、中に入ってしばしボー然。すっごいゴージャス! 席の前後の間隔がものすごく狭くって、椅子をたたんでもらわないと通れないもんですから、休憩時間には“Excuse me!”の嵐でしたけどね(笑)。
外から見た等族劇場 側にあった謎の像
内部はこんな感じ
ドン・ジョヴァンニ:Roman Janál
レポレッロ:Tomaš Bartůněk
ドンナ・アンナ:Michiyo Keiko
ドンナ・エルヴィラ:Jitka Svobodová
ツェルリーナ:Alžběta Polačková
ドン・オッターヴィオ:Jozef Brindzák
マゼット:Jiři Brückler
騎士長:Roman Vocel
指揮:David Svec
演出:Jiři Herold
実は以前にテレビでチェスキー・クルムロフのバロック劇場の復活プロジェクトのドキュメンタリーを見たことがありまして、それがあんまり面白かったものだから、その劇場を見に行くつもりでチェスキー・クルムロフも旅程に組んであったんです。舞台装置の中に背景を変える装置というのがあって、その時見たのがこのタイプの背景画でした(実際にはリトミシェル城のものを参考にして作った舞台だそうですが)。同じ装置を使ってるってことは無いだろうけど、なんだか行きたかった劇場で実際にオペラを見ている気分で、嬉しかったです(実際問題、バロック劇場の客席、舞台の方が大きくない? ってくらい小さくて、時々上演はしているそうですけど、あれじゃチケット入手は至難の業でしょうし・・・)。奥行きはそこそこあるけど幅のそれほどない舞台、昔の演出ってどんな感じなのかな、とにわかに興味津々。ジョヴァンニとレポレッロの入れ替わりシーンでは、あ、ちゃんとエルヴィラさんが2階に上がってる! とか、「窓辺においで」の最後、あ、窓開いた! なんてところで結構楽しめてしまったのでした。「シャンパンの歌」とか「薬屋の歌」など、舞台の前三分の一くらいのとこで幕が下りまして、歌手が幕の前でアリアを歌ってる間に舞台転換、というのもなかなか面白かったです。
印象に残ってる場面というと・・・。初っ端の場面、ジョヴァンニとアンナ、え? しっかり顔付き合わせる・・・? あれで相手が誰だか分からなかったってのは相当苦しいんじゃないかしら。レポレッロがこんな仕事もう辞めると言い出す場面。この金貨をやる、とレポレッロの持ってる袋に財布をねじこむジョヴァンニですが、直後に入れ替わりのためにその袋、自分が持ってっちゃいます。それでどうやって買収するのさ、と思ったら、床に金貨転がすんですね。それをあたふたと追っかけるレポレッロ。なるほど。で、エルヴィラさんを押しつけられたレポレッロ。あれれ、何か嫌そうに相手してるけど、あなた「カタログの歌」の最後のへんでエルヴィラさんのスカート引っ張ってなかった? と思ったら間もなく後ろから密着(笑)、でした。最後の石像登場の場面ですけど、カーテンコールに騎士長と石像が両方出てきたので、騎士長はどこかで歌だけ歌ってたんでしょうね。もっとも、ずいぶんこもった感じで、同じ人間の声にも聞こえなかったんですが、まさに地獄の底から聞こえてくるような声はなかなかの迫力でした。おまけに効果音は入るし、ドライアイスか何かでもくもくと煙まで出てきましたし。地獄落ち自体は、床にあいた穴から奈落に消えていくという、あっさりしたものでしたが。
2日後、チェスキー・クルムロフで念願の城の劇場を見てきました。いやあ、やっぱり間近で見ると感激! 時間の都合でドイツ語ツアーだったので、ほとんど理解できなかったのですが、唯一笑いに参加できたのが、奈落で、ここから上にあがれます、とガイドさんが説明してくれた時。すかさず「ドン・ジョヴァンニの地獄落ち!」って茶々入れたおじさんがいたんですよ〜(笑)。
舞台奥左からマゼット、ツェルリーナ、ドン・ジョヴァンニ、レポレッロ、指揮者、
ドンナ・アンナ、ドン・オッターヴィオ、ドンナ・エルヴィラ、騎士長。騎士長の隣が石像
素晴らしかったのは、まずはエルヴィラを歌ったイトカ・スヴォボドヴァー。出のアリア、びっくりしました。場合によっちゃヒステリック、そうでなくても怒った感じで歌うのが常道だろうというこの歌で、歌詞の威勢の良さとはうらはらな、とっても静かな歌い口だったんです。ところが、この意外性に、実に説得力がありまして。相手が愛しようのない男だってこと分かっていて、とり戻せるなんて信じちゃいなくて、自分の行動が徒労であることも十分に分かっていて、でもそれでも追わずにいられないどうしようもなさ、が伝わってきて、不覚にも涙しそうになったほど。また、彼女の歌う場面では、このまま終わらないで〜! と思ってしまったくらいとてもまろやかでいい声で。演技もはまってるし、実に情感あふれるオトナのエルヴィラさんでした。このCDの録音に参加していたりして、すでにキャリアのある方のようです。プログラムに載ってた写真があまりに気合いが入ってなかったのでびっくりしましたが、ネットで探しても似たような写真しか見つかりませんでした(のでこちらはリンクはしませんでした・・・)。
ツェルリーナのアルジュビェタ・ポラチュコヴァーも、歌も演技もはつらつとしていてよかったです。表情もくるくるよく動いて、好奇心旺盛で可愛いしたたか娘を好演。マゼットならずとも、これならころっと丸め込まれるかも、と思っちゃいました。二度目の危機は自力脱出。逃げ足の速かったこと(笑)! 2006年のプラハの春音楽祭でリサイタルをやってるそうで、その記事らしきものを見つけました(プログラムにも同じ写真が載ってました)。期待の新鋭というところでしょうか。
残るドンナ・アンナはというと・・・。もともとの声なのか、そういう表現なのか、えらいヒステリックな歌でして、耳にはあんまり心地よく無かったです。あら、この方我らが同胞だったのね。
タイトルロールを歌ったロマン・ヤナール(プログラムに載ってたのもこんな顔)。よく響く低音で、なかなか聴かせるジョヴァンニでした。「シャンパンの歌」だけはこちらの企画で聞き比べを楽しんでたので、ちょいと物足りない気もしましたが。ただ、演技まで含めるとジョヴァンニとしては今ひとつ。お髭もつけてなかなか立派なジョヴァンニであったのは確かですが、なんか表情に乏しいんです。これはちょっと見ていて閉口しました。
レポレッロを歌ったトマーシュ・バルトゥーニェク。この人バスなんだそうですが、他の低音と比べてそう低いとも思わなかったです。さすがに役が役ですから、まずまずコミカルな演技でしたが、もう少しはじけてくれてもいいかなあという印象。
男声陣で一番印象に残ったのが、チェコ人名前なのに名字にゃウムラウトついてて、あなたナニジン? って感じのマゼットでした。読み方はイジー・ブリュックラーでいいんでしょうか。すでにレポレッロ、ジョヴァンニ、騎士長と3人も低音聴いてるのに、“Ho capito”って歌い出したところで、お! って思いましたもん。若々しくて張りのある実にいい声で、ツェルリーナちゃん、マゼットの方が頼りがいがありそうだよ〜、なんて思っちゃったくらい。ジョヴァンニにボコられて上げる悲鳴もそれはそれはよく聞こえました(笑)。プロフィールによると何と1984年生まれ。若っ! そりゃあ同役のキャストの中で一番紹介文が短いわけですよね・・・
歌手名をプログラムとつきあわせて一番仰天したのが、ドン・オッターヴィオを歌ったスロヴァキア人歌手。顔が完全に別人なんですけど、ほんとにこの人ですか・・・? オーソドックスなテノール声で歌はまずまず。初演版なのでアリア一つ損してましたけど。
どうしてこの顔


衣装やステージのデザイン、舞台写真などが公式サイトから見られます。
さて、同行者にとっては、観たことがあるとはいえウン十年ぶりだったドン・ジョヴァンニ。楽しんだことは楽しんだらしいのですが、さすがにストーリーなんかほとんど忘れてて、ついてくのはしんどかった模様です。で、あまりに何言ってるか分からなかったからDVDが欲しいと言い出しまして。
さあ、苦手なオペラのDVDなんて何を決め手に選んだらいいのよ〜、と思いながら、ひとまずどんなDVDがあるのか検索してみました。さすがに超有名演目とあって候補はどっさり。とりあえず日本語字幕がついててオーソドックスな演出のものかなあ・・・とつらつら眺めていたら、中の一つにふと興味をそそられました。1991年マッケラス指揮のプラハ公演。そう、我々が行ったまさにその劇場で収録されたDVDがあったんです。しかしまあ、キャストにはみごとに知った顔はいないわけで・・・。同じ映像のLDがライブラリーで見れるのを発見、実際に中身を見てから判断することに。
映像は、ドン・ジョヴァンニ役の歌手がりんごを持ってプラハの町を歩き、劇場に入るところから開始。見覚えのある風景が懐かしい。序曲が始まり、幕が上がるとやっぱりりんご持ってジョヴァンニ登場。レポレッロと入れ替わりに舞台から消えて、ドンナ・アンナと追っかけっこしながら上半身裸で再登場。アンナとシャツの取り合いしてました。カツラが金髪? あ、変装してるんですね。騎士長との決闘シーンもなかなか決まってました。アンナとオッターヴィオの二重唱はやっぱり少々退屈しましたが。侍女を二人従えてドンナ・エルヴィラ登場。彼女が脱ぎ捨てる帽子や上着を淡々と回収、ハンカチを放り投げれば代わりを渡す侍女さんがなんとも笑えます。
このあたりで、あれ? と思いました。何か、すんなり話についていけてない?!
最初に映画版を見たときは、お話を楽しむというよりは、断片的知識を整理してまとめてる感じでした。これが「カタログの歌」か、「シャンパンの歌」はここで歌うのね、というような。プラハで生舞台を見たときには、さ、次は○○の場面だぞ、とこのストーリーが舞台の上でどのように演じられるか、ほとんどその“演じられ方”にばかりに注目していたのが正直なところ。初めてすんなりお話の中に引き込まれていた今回、さすがに3度目で慣れたのかしらんとも思いましたが、ふと気がつきました。そうか、このジョヴァンニ、“若い”んだ!
どうも、邪魔をしてたのは、先入観というか、事前に持たされてたイメージだったようです。“悪魔的英雄”とか“権威に対する反逆児”とか。・・・どこが?
素直にセリフと行動を読んで、むしろ私がこの主人公から感じるのは、若さ、でした。怖いもの知らず、向こう見ず、世界が自分を中心に回っていると思ってるような身勝手さ、全部ひっくるめた“若さ”。(“バカ”の語源は“若(ワカ)”であるって説がありましたっけ。)
石像を夕食に招待する場面で一番感じるんですが、およそいい年こいたオトナのやることとは思えない。ある程度年くってくれば、怖いものの一つや二つ、あると思うんですよね。悔い改めを拒むのも、信念に殉じてなんて言われるより、自分が悪いと思ってないヤツが反省なんかしないよね〜、って方がすとんと腑に落ちるんです。
貴族が従者を連れてガールハント三昧って、そういえばどこかで聞いたことがあるような。・・・あ、日本の古典!
「六条御息所との結婚を引き伸ばし、軒端荻をヤリニゲし、夕顔を見殺しにした、十代の気ままな恋の狩人」 (大塚ひかり『源氏の男はみんなサイテー』)ぴったりじゃないですか。こちらの忠実な惟光は、女のリサーチ、変死の後始末から、女児誘拐の片棒担ぎまで文句も言わずにやってくれてますけど。そうそう、光源氏、夕顔のとこには最初のうちは覆面して通ってたんでしたっけ。お年を召した源典侍とベッドインて話もありましたし。
でも、この手のエピソード、全部30前の光源氏の話なんです。まあ、遊んでばっかりいるようでちゃんと出世もしてて、政治の中枢にいてはそう気楽に女漁りもできないでしょうけど。でも死後に地獄に落ちたというのはなかったような・・・。 割とそういうのが出てきてはいる話なんですけどね。
というわけで、この話は“若さの敗北”の物語だと思います。分別ある大人になることを拒む主人公が、その時点で人生を終了させられるという。年くってもオトナになりきれない主人公、という演出ならまあ理解はできるような気もしますが、どうしたって醜悪になりそうで、あんまり見たくはないですね。良くも悪くも若者らしいタイトルロールが、私にとっては理想的。最初に見たライモンディのドン・ジョバンニに馴染めなかったのはこの辺が原因のようです。見た目に立派な貫禄あるドン・ジョヴァンニだと、なんなのこの話? って感想になってしまう。はい、見た目とやってることのガキっぽさにギャップがありすぎて(演技でカバー不可能な落差だと思う)、人物像が混乱するんです。同じ映画版でも「カルメン」のエスカミーリョは、その格好良さに見惚れ聞き惚れ、でしたから。仮説検証のためにザルツのシェピも見てみましたが、年齢は30そこそこでも、風格ありすぎなのでやっぱりダメでした。
舞台に戻りますと、ツェルリーナとマゼット登場の場面、あら、やっぱりお金のかけ方が夏のプラハとは違いますね。コーラスの人数が断然多い(笑)! パーティの場面でも上からシャンデリアは下りてくるし。セレナーデも大分サービスが良かったです(笑)。墓地の場面、石像は首を振らず、照明でそれらしく見せてました。
テーブルの後ろで使用人が野次馬やってるなあ、と思ったら、人垣が崩れてぬっと騎士長登場。びっくりしました。扮装も何も無し、1幕に出てきたのと全く同じ格好。私のイメージする騎士長の声って迫力のある重低音なんですが、これはまたなんというかずいぶんと威厳のあるお声です。厳父のイメージは出てるし、ジョヴァンニ、レポレッロとの声とのコントラストはつくので、悪くはないですが。そして回り出す舞台。回り舞台なんてあったんですね〜。騎士長は舞台中央で直立不動、動く舞台の上を歩き回るジョヴァンニとレポレッロ。なかなか面白い使い方ですね。炎も亡霊も出てきませんが、ジョヴァンニの演技が良いので、幻覚でも見てるのかな、という感じでなかなかの迫力でした。騎士長に引っ張られて奈落に消えるジョヴァンニ。
最後の場面、ドンナ・エルヴィラがハンカチを穴に落としてました。六人並んでの重唱のさなか、あら、穴からジョヴァンニ復活。最初の映像の時のジャージ姿。そのままりんご持って退場。劇場を出るとこの映像までついてて、カーテンコールまでこのジャージ姿だったのには笑っちゃいましたが。はあん、賛否両論ある演出だったってのはこのへんですか。確かに意味は良く分からないですけど。あと挙げるなら、「カタログの歌」でジョヴァンニがエルヴィラの侍女二人の後ろで盗み見してたところと、「仮面の三重唱」の後ろでジョヴァンニがうろうろ歩いてたところ、アンナ&オッターヴィオ、ツェルリーナ&マゼットまで地獄落ちを見てたとこ(最後の六重唱の歌詞とずれますよね)など、個人的に? なところはちらほらありましたが。でも目をつぶってつぶれないこともないし、これだけ世の中にとんでもドン・ジョヴァンニが出回ってる昨今、充分オーソドックスな演出のうちだと思います。
個々の歌手さんはというと、プラハで物足りなかった役は大満足、プラハで素晴らしい! と思った役については物足りない、ときれいに印象が割れました。でも、歌・容姿ともに、これはないでしょ、って外れっぷりはなし。なかなかよく揃えたキャストだと思います。
まずはタイトル・ロールを歌ったベスチャスニー。やんちゃ坊を生き生きと演じた演技力に拍手! 細身で長身、実に身軽でよく動くジョヴァンニでした。レポレッロに変装中に歌うアリアなど、水飲むわ、若者たちの尻蹴上げるわ、なおかつ女の子にはちょっかいかけてという忙しさ(笑)。プロフィールに演劇学校の出身とありましたが、それも納得。声もしっかり響く低音で、シャンパンの歌もかなりのもの。顔が今ひとつ私の好みじゃないので(苦笑)、これぞ理想のジョヴァンニ! とまでは言いませんが、かなり近いとこまでいってると思います。
レポレッロを歌ったヴェレがこれまた素晴らしかったです。カタログの歌の楽しかったこと! 怖いものなしで突っ走るジョヴァンニとは対照的に、伊達に世の中渡ってきちゃいないぞ、というしぶとさも感じさせるレポレッロ。下手なジョヴァンニなら喰っちゃいそうな存在感でした。哀れっぽい演技も上手かったです。でもこれだけ横幅に差があったら普通気づきますでしょ? エルヴィラさん(笑)。
ドレジャルのオッターヴィオ、初めてこの役がちゃんと貴族に見えました〜(笑)。優しそうなお坊ちゃんの雰囲気。声は私好みでしたが、唯一のアリアでコロラチューラが相当下手だったのがちょっと勘弁。ハルヴァーネクのマゼット、悪くもないんだけど、プラハの歌手さんほどは印象に残りませんでしたね。
女性陣は、まずドンナ・アンナを歌ったペトレンコ。どうもこの役、自分の中で具体的にイメージが固まらないので(冒頭のシーンと、オッターヴィオへの説明の違いが消化不良で・・・)、演技については何とも言えませんが、歌は文句なしに上手かったです。最後のアリア、ドンナ・アンナにこんな素敵なアリアあったのね! と初めて思いました。情感がすこぶる伝わってきて、オッターヴィオと手に手を取って退場するのも納得! でした。(1年くらいは父の喪に服すのが当時の常識、って説もあるんでしたよね。)
ドンナ・エルヴィラのマルコヴァーは、最初ちょっとヒステリックじゃない? という感じがしましたが、改めて見直してみると許容範囲かな。可愛らしい声なので、怒ってもなんだか可愛らしい。
ランドヴァーのツェルリーナ、歌はいいし、小柄でかわいいんですけどね〜。どっちかつうと悪代官に差し出される哀れな人身御供って雰囲気。私の好みとしてはもうちょっとはつらつさがほしいです。
というわけで、初めて「ドン・ジョヴァンニ」を楽しめた記念すべき1枚、迷わず購入いたしました。こんな若干マイナーな公演が日本語字幕付きで見れることに感謝(ちゃんとイタリア語字幕もついてます。輸入盤は字幕無しだそうですし)。ただ一つ注文があるとすれば、二幕目の途中で切れる二枚組なんですよ、これ。LDじゃあるまいし、一幕と二幕の間できれいに分けられなかったもんでしょうか。
(最近YouTubeにこの映像の一部がアップされていたので、参考までにリンクしておきます。1幕のフィナーレと2幕の6重唱〜レポレッロのアリア)
ともあれこの演目、結構楽しめることが分かったので、他にはどんな「ドン・ジョヴァンニ」があるのかな〜、とYouTubeに出かけましたら・・・あるところにはあるんですねえ。理想のドン・ジョヴァンニに出くわしてしまったのです。この映像。地獄落ちの場面。
若いジョヴァンニなのにまず、あら、と思ったのですが、石像登場のシーンで、そう、これ、これよ! “マジかよ、ほんとに来やがったぜ!”という感じの、面白がってる表情。この場面、たいていのジョヴァンニで目が泳いでません? じゃ呼ぶなよ、さんざレポレッロこづき回して呼ばせたのはアナタでしょ! と内心つっこんでたんですよね〜。(ちなみに上記のDVDはというと、照明の加減でよく見えないです。)
若くて向こうっ気の強いジョヴァンニ、外見も演技もどんぴしゃり。噛み付きそうな歌い方ですが、これはこれで合ってます。セミステージ形式の簡素な舞台ながら、ぞくぞくするような緊張感。シルヴェストレッリの騎士長が、これぞバス! って重低音を聞かせてくれるし。地獄落ち、度肝を抜かれましたが、なんと騎士長がジョヴァンニを担いで退場ですよ! タイトルロールのロドニー・ギルフリー、身長191cmだそうで、絶対無理! って横幅ではないけど、決して小柄じゃないんですが・・・
レポレッロはダルカンジェロ。可愛い〜。若いですねえ。個人的にこの人のコメディーセンスは信用してないんですが、ご主人様にどつき回されるレポレッロならありかもという感じです。改めて聴くとなかなかいい声だったんですね。下手なジョヴァンニより立派に聞こえそう。
めっぽう気に入ったので、なんとか全曲見られないものかとあちこち探してみましたが、この1994年ホラント音楽祭の映像、非正規盤でも見つからず。ギルフリーの公式サイトによると正規のVHSが出ていたのはほんの短期間で、当の本人も持ってるかどうか不明・・・ということだそうです。ガーディナー指揮のダ・ポンテ三部作、他の二つはちゃんとDVDが出てるのに〜(日本語字幕つきは無いけど)。輸入盤のCDが中古で安く手に入ったので、当面それで我慢することに。序曲のドライブ感は初めて聴いたときから好きだったので、最低これだけでも気に入ればいいか、という判断だったのですが、映像をちゃんと楽しんだ後だと、意外に音だけでも脳内スクリーンにちゃんと再生できるのですね。このCDから作った自家製ハイライト盤を、ときどき通勤のお供に愛聴してます。
ギルフリーのドン・ジョヴァンニはチューリヒの映像がDVDになってます。そういえばどっかで聞いた名前だとDVD検索に戻ってみたら・・・はあ、これでしたか(これ違うだろ、とジャケ写ではねたやつでした)。えー、YouTubeで試聴できたので見てみましたが・・・。他の女性陣はいいとして、バルトリのエルヴィラが個人的にはミスキャスト。あんなヒス女じゃジョヴァンニでなくても逃げ出すさ、と納得してしまいそうなエルヴィラは勘弁なんです。サルミネンの騎士長が思い切り悪役商会なのもどうかと。あとタイトルロールですけど・・・。この人ごついハンサムなので(どこかでオリバー・カーンに似てるというコメントを読みまして、とっても納得いたしました;笑)、長髪は似合ってないと思うんですよねえ・・・。シャンパンの歌(一時期YouTubeで見れました)もなるほど壊れてますわ。はい、正直見てて違和感きついです。どうもアーノンクールの指揮とは相性が悪いみたいだし、あと地獄落ちさえ見せてもらえれば十分だなあ、という気分。
追記:YouTubeにアップされてることもありますが・・・。テーブルの上の料理蹴飛ばすのと服はだけるタイミングがアムステルダムと全く一緒だったのには笑いました〜。
しかし検索かけてたら“理想のドン・ジョヴァンニ”って投票にでくわしまして、この人5位に入ってました。この役でどころか来日もしてなかったギルフリー、この演目での映像がアムステルダム公演以外にあるという話も聞かないし、てことは、このチューリヒのDVDを気に入られた方がこれだけいるってことですか・・・ふーん。
ちなみに上記の映像のせいで、このアリアまともに歌えないんじゃないか疑惑を一部で招いてたという話を耳にしまして、これは聞き捨てならぬとアマゾンのページにリンクしてました。この曲くらいならほぼ全曲試聴が可能だったんで。ところが試聴方法が変わって、ほんの一部しか聴けなくなり・・・。YouTubeでもリンクするかな、と思ったのですけど、あの写真、「フィガロ」の伯爵なんだよなあ・・・。
というわけで、しばらくCDで音だけ聴いてたのですが、さるところで非正規盤を手に入れられると教えていただきまして、やっと念願の全曲映像をゲット。セミステージ形式なので、ステージの真横にもお客さんが。その横の階段を通ってキャストが出入りするのですから、横向きで見づらいだろうけど、迫力はすごいでしょうね。
ギルフリーのタイトルロール、全体に遊び人のドラ息子という印象でしたが、舞台狭しと走り回り、時には階段の手すりも跳び越えちゃう身軽さ。登場シーンの変装、サングラスかけてチンピラ風だったんですが、これが妙にハマってたのが笑えました。エルヴィラには平手打ちを喰らい、オッターヴィオには引きずり倒されてナイフ突きつけられるわ。結構ガタイのいいアンナとエルヴィラにはさまれて、えらい細く見えました。最後に担ぎ上げられちゃう騎士長には1幕でも投げ飛ばされてるし、組み合ったまま倒れた騎士長の下敷きになってなかなか這い出せず、「死んだのは旦那か爺さんか」というレポレッロのセリフが全く違和感のないシーンになってましたし。とまあ変に弱っちいとこのあるタイトルロールでしたが、ツェルリーナはやっぱりお姫様抱っこなんですね(笑)。面白かったのは1幕のフィナーレ。ついさっき殺されそうになったばかりだってのに、ご主人様危うしとみるや飛び込んでくるレポレッロ。麗しき主従愛に苦笑しつつ、しっかしここで戦意喪失? と首を傾げながら見てたら・・・死んだふりかい! これで逃走に成功するジョヴァンニって珍しいんじゃないでしょうか(笑)。
ダルカンジェロのレポレッロ。ご主人様とは大きさも声も全然違うので、2幕の入れ替わりシーン、いくらなんでも入れ替わったら分かるだろー、てなもんですが、それを逆手にとって、ギルフリーなら手が届くバルコニー、ダルカンジェロは届かなくて四苦八苦、なんてシーンがあって笑っちゃいました。歌は巧いので音だけ聴いてる分には悪くないのですが、「カタログの歌」なんか見てると、一人で舞台をしょって立てるほどの役者ではないかな、という印象。存在感に難ありの主役だったりしたら、主役を喰うより共倒れしそうです。ただ1カ所、おっ、と思わせたところが。「シャンパンの歌」、作戦指令に、了解! って感じでニヤッと笑った表情がえらい印象的でして。このシーンだけ見てたら、レポレッロのがよっぽどワルに見えますわ。この人悪役の方が似合うのではという話を聞いてたんですが、とっても納得。ドンジョよりエスカミーリョより、メフィストフェレスの方が絶対似合う!
マルジョーノのドンナ・エルヴィラ、ヒステリック度控えめなのは好みで聴きやすかったのですが、キャラとしては少し弱かったかも。いかにも捨てられた女という感じのエルヴィラではありました。
オルゴナソヴァーのドンナ・アンナとプレガルディエンのオッターヴィオ、・・・揃ってよく分からない人たちという印象でした。プラハの映像がいかにもいい人という印象だったのに対して、こちらのオッターヴィオは何か腹に一物ありそうな感じ。ドンナ・アンナにただ引きずられてるようには見えませんでしたね。ドンナ・アンナって、未だにイメージがつかめないキャラクターなのですが、それでもプラハの映像では、よく分からないけど最後は何か納得、だったのですが、こちらは最後までよく分からないキャラでした・・・。歌はどちらも上手くて、最後のドンナ・アンナのアリアなどコロラチューラの巧さに舌を巻きましたし、大喝采だったのも納得なんですが。
違和感きつかったのがマゼット。どうみてもおつむの足りないキャラになってまして・・・。クラークソン、「フィガロの結婚」のアントーニオの時はぴったりだったんですけどねえ。やっぱりマゼットは、ドンジョを見ちゃってからでも戻ってこれるわね、と思えるくらいには凛々しくあってほしいものです。ドンジョをとっちめてやるぞ、のシーンで、連れてたメンバーが全員女だったのには爆笑しましたが・・・。おかげで割を喰った格好なのがツェルリーナですか。あ、あのマゼットがいいの?! って感じになってしまうもんですから、2つのアリアがどうもぴんときませんでした。この組み合わせなら、“何よ、文句あるの? あんたなんか金持ちでも貴族でもないくせに!”ってツェルリーナが逆ギレして、“そ、そんなに言わなくても”ってマゼットがなだめるアリアを歌う、方が合ってそうなんですけど。
音→映像という滅多に無いケースだったので、かなりドキドキしながら見始めましたが、全体に私好みの「ドン・ジョヴァンニ」で楽しかったです。セミステージだし字幕はオランダ語だし、先にプラハの映像を堪能していなかったら楽しめなかったとは思いますが。びっくりしたのが、YouTubeで見た当該シーンまできた時。9割方全く同じ映像なのですが、一部編集が違ってまして。YouTubeに上がってる方が明らかに効果的な編集なので、一時期出てた正規盤はこちらの編集だったんでしょう。見たいなあ・・・。も一つびっくりしたのがカーテンコールです。ガーディナーって背高いんですね〜! 隣のタイトルロールと同じくらいありましたよ。
(ぼつぼつYouTubeにもアップされてるようなので、まとめリンクしておきます。
冒頭部分 序曲、冒頭〜アンナとオッタヴィオの二重唱途中、二重唱〜エルヴィラのアリア
カタログの歌、ぶってよマゼット、私の心の安らぎは、 1幕フィナーレ、あの恥知らずは 、ドンナ・アンナのアリア、2幕フィナーレ前半、最後の6重唱 )
余談ですけど、非正規盤の不便なところって、いっくらお気に入りでもサインはもらえないことですね〜(笑)。まあ、この場合はCDにもらうという選択肢がありましたけど。
ちなみに「コジ」のDVDを買ったら、ボーナストラックで最初にYouTubeで見たのと全く同じ映像が入ってました。しかしこれを見せといてから入手可能なのはCDのみって・・・、アルヒーフ、ケチ。