ディック・フランシス   Dick Francis
オススメ度☆☆☆☆☆(いろんな方が大絶賛されてるので、なにも私ごときが言わなくてもいいのでしょうが;笑)。
競馬シリーズと銘打たれてますが、競馬に興味無くても充分面白い(詳しかったらもっと楽しめるんだろうな、と思いつつ、細かいところは読み飛ばしてる私;苦笑)。一人称で語られる小説ながら、文章の巧さも楽しめます。
多少の出来不出来はあるにせよ(作品同士の相対的評価で;笑)、どれとっても水準以上のスリルとサスペンスなのですが、なんといっても、主人公が揃いも揃ってカッコイイ!! (下手なハーレクインなんかより、よっぽど目をハートマークにして読めるはずです;笑)。
陥った苦境に動揺しながらも、不撓不屈の意志を貫き通すという展開が、読んでいて大変気持ちがいいです。
ちなみに、作者はエリザベス皇太后のお抱え騎手だった元チャンピオン・ジョッキー。おかげで時々、元プロ野球選手がこういう野球小説を書いてくれないかな、と妄想したくなるのですが・・・(苦笑)。
欠点があるといえば、タイトルがすべて漢字二文字なので、どれを読んでどれを読んでないか、こんぐらがってしまうところですね。図書館で閉架書庫から本を出してもらうのに、なんべん間違えたことか・・・
(私だけかと思ったら、『ディック・フランシス読本』〈早川書房〉で同じこと書いてる人がいました;笑)
シリーズ作品リスト        訳者:菊池 光  ハヤカワ・ミステリ文庫
『本命』
Dead Cert
1962
『度胸』
Nerve
1964
『興奮』
For Kicks
1965
『大穴』
Odds Against
1965
『飛越』
Flying Finish
1966
『血統』
Blood Sport
1967
『罰金』
Forfeit
1968
『査問』
Enquiry
1969
『混戦』
Rat Race
1970
『骨折』
Bonecrack
1971
『煙幕』
Smokescreen
1972
『暴走』
Slay-Ride
1973
『転倒』
Knock Down
1974
『重賞』
High Stakes
1975
『追込』
In the Frame
1976
『障害』
Risk
1977
『試走』
trial Run
1978
『利腕』
Whip Hand
1979
『反射』
Reflex
1980
『配当』
Twice Shy
1981
『名門』
Banker
1982
『奪回』
The Danger
1983
『証拠』
Proof
1984
『侵入』
brake In
1985
『連闘』
Bolt
1986
『黄金』
Hot Money
1987
『横断』
The Edge
1988
『直線』
Straight
1989
『標的』
Longshot
1990
『帰還』
Comeback
1991
『密輸』
Driving Force
1992
『決着』
Decider
1993
『告解』
Wild Horses
1994
『敵手』
Come To Grief
1995
『不屈』
To The Hilt
1996
『騎乗』
10-lb Penalty
1997
『出走』
Field of 13
1998
『烈風』
Second Wind
1999
『勝利』
Shattered
2000
『再起』
Under Order
訳:北野 寿美枝
2006
   

 『本命』

レース中に親友が落馬して死んだ事件の謎を追う主人公アラン・ヨーク。
本命馬・アドミラル号が大変魅力的!(笑)な作品です。

 『度胸』

競馬場のパドックで、騎手アート・マシューズがピストル自殺をとげた。遅刻癖がある、全力を出さない、賭けすぎる、情報を売った・・・などの噂により、首になったり、騎乗依頼を失って落ちぶれていく騎手たち。
ロバート・フィンは、新人ながら成長株と目される騎手だったが、ある落馬事故をさかいに連続28回も惨敗する。それがある人間のしわざだと知った彼は・・・

音楽一家の中で一人だけその才能を持たない異分子、という設定になっているフィン騎手ですが、それがストーリーに必要不可欠な設定であるところがさすが。悪役の造形にも芸が細かいです。

 『興奮』

障碍レースで、無印の馬が大番狂わせを演じるケースが続いて起きた。明らかに興奮剤を与えられて いるのだが、いくら厳重な調査をしても投与した証拠が出てこない。オーストラリアで牧場を経営していた主人公ダニエル・ロークは、障害レースの理事の依頼を受けて調査に乗り出した・・・

性格が特徴的な主人公の方が印象に残りやすいせいか、個人的にはやや印象が薄いのですが、作品としては文句無しです。動物虐待的な真相が、ちょっと後味悪いですが。
もっとも、些末な点ですが、ローマの五賢帝が“マーカス・オーレリアス”と英語読みなのはちょっと興ざめ。(いや、教科書に載ってる“マルクス・アウレリウス(・アントニヌス)が正確なのかどうかは知らないんですけど・・・)

 『大穴』 『利腕』

レース中に腕を負傷して騎手生命を断たれた元騎手の調査員シッド・ハレーが主人公の作品。
『大穴』:事故の後死人同然だったシッドが、銃弾を喰らって生きかえり、敢然と事件の黒幕を追いつめていくというストーリー。
『利腕』:絶対ともいえる本命馬が次々とレースで惨敗を喫し、レース生命を断たれていく。厩舎から調査を依頼されたシッドは、他の調査を抱えながら行動を開始するが・・・。
シリーズで一番好きな連作です。(3作目の『敵手』は個人的には少々期待はずれでしたが)
生い立ち、挫折と影が濃い上、『利腕』のテーマが“己の弱さを克服する闘い”だったりするものですから、カッコイイ! という印象が一番強い主人公です(笑)。
しかし、別れた奥さんに「わたしは、時には弱さをさらけ出せる男が欲しいの。ごく普通の男が」言われてしまうのも分かるような気がしますが(笑)。

 『血統』

盗まれた名馬を追って単身アメリカに乗り込んだイギリス諜報部員の捨て身の奪回作戦。
うつ病気味で、自殺を考え続けている主人公ジーン・ホーキンスの性格設定が印象的。ラストがいいです。
「馬というド畜生のいちばん基本的なことは、男の心を奪ってばか者にすることよ」という名科白あり(笑)。

 『罰金』

「自分の記事を売るな」という言葉を残して競馬記者が自殺。同僚記者ジェイムズ・タイローンは、彼の荷担していたらしい不正事件の真相を追う。
小児麻痺の妻を守らねばならない状況で、なおかつ脅迫に屈するまいとする主人公の行動に迫力があって、まさしく手に汗握る展開。妻を愛していて献身的に介護しているんだけれども・・・、という主人公の造形が人間くさく、予定調和を外したラストの一行がなんとも上手いです(笑)。

 『骨折』

「誘拐者の要求はダービーの本命馬に一味の指定の騎手を乗せろというものだった。果たしてその真の目的は?」
2,3行の作品紹介から想像した内容が、実際読んでみたら全然違う話だった、というのはよくある話だということですが、これほど劇的に違ったのは初めてです。成長物語、というヒントをもらってたおかげで、1ページ目で主人公が34歳と明示してあるのに面喰らいましたし・・・(というわけであらすじは伏せておきます;笑)。
安易につかぬ緊張感のある展開で、一気に読ませます。その反動か、最後がちょっぴり予定調和的な気はしましたが、読後感を損なうまいとすれば、これしか終わりようがないですよね(笑)。
個人的にはヘンリー8世と梅毒のエピソードが面白かったです。

 『煙幕』

所有している競走馬が、最近不振を続けているという。敬愛する女性ネリッサの頼みで、俳優リンカンは南アフリカに飛ぶのだが・・・

シリーズ初のマイホーム・パパが主人公。演じているアクション・スターと同一視されて困惑するあたりが笑えます。
南アフリカといえば金、と地理の授業で覚えさせられましたが、その“金鉱”がポイントになっている作品です。

 『重賞』

主人公スティーヴン・スコットはおもちゃの発明家。持ち馬を預けていた調教師ジョディに 長年にわたって巨額の金を騙し取られていたことがわかり、解雇を言い渡したところ、ジョディはスコットの馬エナジャイズを別の馬とすりかえてしまった・・・

後はご想像のとおり(笑)。愛馬の奪還をかけたサスペンスです。

 『証拠』

ワインショップを営む主人公トニイ・ビーチが、利き酒の能力を買われ、偽酒の捜査に巻き込まれていくというストーリー。
利き酒の能力に優れてはいるものの、勇敢な祖父・父に対して劣等感のようなものを感じているという、割合“普通の人”という印象の主人公。その分派手さはないのですが、ラストの後味の良さが好きな作品です。(ちなみに初めて読んだ作品がこれです。)

 『侵入』 『連闘』

チャンピオンジョッキー、キット・フィールディングを主人公にした連作。
『侵入』ではスキャンダルに巻き込まれ、窮地に立たされた妹夫婦を救おうとし、『連闘』では馬主のカシリア王女に対する脅迫を阻止すべく活躍します。

数百年間に渡って代々敵対する二つの家系という設定ですが、こんなところでも伝統の国 イギリスなんですね(笑)。
カシリア王女は王制が廃止された国から亡命してきたという設定。フィクションなのは判ってるんですけど、つい、どこ? というのを考えてしまって(笑)。キットを前任者の名前で呼び、レースに出る馬をとっくに死んだ馬の名前で呼んでしまう、老調教師ウィケムがいい味出してます(笑)。
もっとも、読後感は今ひとつでした。何でだろうと思って考えてみたら、事件を通して変化するのって周囲だけで、キット自身の内面には全然変化が無いんですよね。その辺がちょっと物足りない感じです。特に『連闘』じゃあれだけ馬が死んでるんですから、それに見合うだけの精神的葛藤が欲しいというか。

 『直線』

足首を負傷して休養中、十三歳年上の兄が事故で重傷を負ったという知らせを受けた騎手 デリック・フランクリン。手当の甲斐なく死んだ兄の経営していた、準宝石の輸入会社を相続した彼は、慣れない会社経営にとまどいつつ、会社を守るため、兄が多額の借金をして買い付けていたダイヤモンドの行方を捜すのだが・・・

「私は兄の人生を受け継いだ。兄の机、事業、機械や装置類、兄の敵、馬たちと愛人を受け継いだ。私は兄の人生を受け継いで、もう少しで殺されそうになった。」下手なあらすじを書くまでもなく、冒頭の一行が内容の簡潔な要約になってるわけですが・・・。ダイヤモンドを探すことが、今まで疎遠だった年の離れた兄について知るための過程になっているという趣向になかなか読み応えがあります。
シャープの電子手帳などの小道具がいろいろ出てくるのも面白いです。実際に通販で買った らしいですね(笑)。

 『標的』

作家としてスタートを切ったばかりの主人公ジョン・ケンドルは、経済的事情から、調教師トレイメンの伝記執筆という畑違いの仕事を引き受けることになる。トレイメン宅に住み込むことになった彼は、失踪した女性厩務員が白骨死体で発見された事件に巻き込まれていく。

さまざまな職業の人物が登場するこのシリーズですが、ついにサヴァイヴァルの専門家登場です。『ロビンソン・クルーソー』『スイスのロビンソン』が好きだった私、いろいろなサヴァイヴァル技術の話が出てくるのに大喜びしましたが。最後まで犯人の見当がつかず、かなりフーダニットの趣の濃い作品になってます。

 『帰還』

東京から本国に転勤になった外交官ピーター・ダーウィンは、帰国休暇の途中で知り合った 女性とその夫を、なりゆきでイギリスまで送っていくことになる。彼女の娘は勤務先の獣医 ケンと結婚するところだったが、彼の手術した馬が次々と謎の死をとげたことから、窮地に 立たされていた。ケンの窮地を救おうと、ダーウィンは調査を始めるが・・・。

動物病院の説明は結構面白かったんですが、個人的な感想としては・・・ん〜、いまいち。 直接事件に巻き込まれたわけでもなく、職務上の関係もない主人公なので、切迫感が伝わって来にくいし、犯人の存在感もあまり感じられなくて、何か、全体に印象がぼけちゃってる感じなんですね。
あと、あちこちで出てくる日本の話が、何かこっぱずかしく感じるのは私だけでしょうか(汗)。あのお魚さんをもち出す前振りとして必要なことは分かるんですが。

 『再起』 

確か『勝利』の解説だったと思いますが、リサーチ担当のメアリ夫人とこれで最後の作品にしようかと話し合っている、などとあるのを読んだと思ったら、ほどなくメアリ夫人のご逝去。これでもうフランシス作品の新作は読めないなら、既読作品の感想をある程度アップできるまで、未読作品に手を出すのはやめよう、と決めていたんですが。「新作出たぞ〜」との先輩のお声に、ついつい手をのばしてしまいました(笑)。
主人公がシッド・ハレーと聞いて、また? と思ってしまったがゆえに、すんなり手が出てしまった、というのが正直なところではあります(苦笑)。『大穴』『利腕』が一番好きな連作で、特に『利腕』はフランシスの最高傑作じゃないかと思っている私ですが、3作目の『敵手』を読み終えた時に頭に浮かんだのが、“柳の下に3匹目のどじょうはいないって・・・”だったので。

読んでみた感想は・・・『敵手』よりは悪くないかな、と思います。『敵手』が期待はずれだった理由は、ひとえにあのような動物虐待野郎がシッドの友人! という設定に説得力を感じられなかったから。本作にはストーリーにそこまで違和感をおぼえる設定は無く、インターネットを使ったギャンブルなどのプロットもなかなか面白くて、主人公がシッド・ハレーでなければ、ほめた感想を書いていたかもしれない。86歳にしてこれだけの作品が書けるというのは驚嘆の一言につきますし。
しかし、問題はシリーズ最高のヒーロー、シッド・ハレーが主人公であること。私にとってシッドの魅力って“影の濃さ”なんです。元義父チャールズとの“友情”はいい。精神的に交流を持つ女性がいたってかまわない。しかし、同棲中のオランダ美人にここまでメロメロってのは・・・。再婚して幸せいっぱいというわけでもないらしい元妻ジェニイからも毒気が抜けてしまうに至っては、やっぱりなんか違う、という感じ。“愛する者への脅迫”って設定なら、小児麻痺の妻を抱えた『罰金』のジェイムズ・タイローンでもうおなじみで、こちらの方がはるかに壮絶な迫力があったし。
これだけ多彩な主人公を描き分けてきたフランシスであればこそ、『利腕』を超える作品でないのなら、むしろシッド・ハレーは登場させてくれるなと思うのです。ファンのわがままであることは十分承知してますけど・・・。

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