Chinese Detective

「探偵小説に中国人を登場させてはいけない」という決まりがあるんだと聞いたことがあるんですけど、何ででしょう?

アール・デア・ビガーズ   Earl Derr Biggers
「何という映画だ」
「チャーリ・チャン・イン・パナマ」
「ワーナー・オーランド、それともシドニイ・トーラー?」
「シドニイ・トーラー」
なんてポールとスペンサーの会話が『初秋』に出てきましたが、むしろ映画の方で有名らしい名探偵チャーリー・チャン。見たことはないんですが、刑事コロンボみたいな感じで思い浮かべればいいのかな?(ワーナー・オーランドとシドニイ・トーラー、というのはもちろん、はまり役になった俳優さんのお名前です。)
ぼさぼさ頭にくたびれたトレンチコート(だったよな?)、二言目には「うちのかみさんが・・・」を連発するのが刑事コロンボなら、子沢山で恰幅のよい小男、論語や古諺をやたらに引用するのがホノルル警察の部長刑事チャーリー・チャン。謙虚で控えめな東洋人、てキャラクターではありますが、その分“ほめ殺し”の名手であるような気もしますね(笑)。
というわけで、タイプとしては地道にこつこつと、の〈凡人型〉の名探偵です。
ストーリーも面白いし、登場人物も個性豊かで、大変楽しく読めると思うのですが、創元の2作も現在絶版。なんとかならんもんでしょうか・・・
『チャーリー・チャンの追跡』

世界一周旅行中の元ロンドン警視庁の副総監フレデリック卿が、滞在先のカーク・ビルで射殺された。15年前のインド国境での新婦失踪事件の謎を追っていた卿は、真相究明まであと一歩というところにきていたらしい。事件現場に居合わせた休暇中のチャンは、11人目の子供誕生の知らせに帰宅の決心をしていたが・・・

11年前ニースで失踪した女優、7年前ニューヨークで失踪したモデル、さらには15年前の弁護士殺人事件もからんで謎が謎を呼ぶ展開。ラスト直前のどんでん返しにみごとにだまされました(笑)。
オーソドックスなミステリーで、サンフランシスコ警察のフラネリー警部など、いかにものキャラクター。その分マロー次席検事がどういう扱いになるのかちょっとどきどきしましたが、尋問などちゃんとおやりになっていて、ほっとしました(笑)。
ストーリーのトーンとしては多少甘めですが、楽しく読めるのが何よりかと。


『チャーリー・チャンの活躍』

世界観光旅行団に参加していた老富豪が、ロンドンのホテルに滞在中に絞殺された。ニース、サン・レモでも引き続いて殺人が起き、ロンドン警視庁は旅行団の乗る船に捜査員を潜入させたが、あと一歩のところで彼も殺害されてしまう。一行を追ってホノルルに到着するも犯人に銃撃されて重傷を負ったダフ警部は、チャンに捜査を引き継いでくれるよう頼んだ・・・

というわけで原題は「チャーリー・チャン続行する」。旅行団のいったい誰が犯人なのか? 疑えばすべての人間に怪しいふしがあり、最後まで見当を付けさせません。過去の捜査は記録で知るしかないチャンが、残り6日間でどうやって犯人を見つけだすのか、という展開にドキドキさせられました。
前半部分の主人公は『追跡』に登場したダフ警部。最後のサンフランシスコではフラナリー警部もお出迎え。ダフ警部とが感激の再会になるのは分かるんですが、フラナリー警部とも、意外に和気藹々としてますね(笑)。
最初は完全にチャンの足引っ張り役で出てきた日本人部下のカシマ(証拠品を上着のポケットに入れて散髪屋に行くとは呑気な・・・)、実は結構役に立ってたりするところもなかなか愉快です。

シリーズ作品リスト        創元推理文庫
『鍵のない家』
The House without a Key
訳:小山内徹
〈芸術社「推理選書10」〉
1925
『シナの鸚鵡』
The Chinese Parrot
訳:三沢直
〈ハヤカワ・ポケット・ミステリ〉
1926
『チャーリー・チャンの追跡』
Behind that Curtain
訳:乾信一郎
1928
『黒い駱駝』
The Black Camel

1929
『チャーリー・チャンの活躍』
Charlie Chan Carries On
訳:佐倉潤吾
1930
『チャーリー・チャン最後の事件』
The Keeper of the Keys
訳:文月なな
論創社
1932

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S・J・ローザン   S. J. Rozan
リディア・チン、28歳。身長5フィート1インチ(約153センチ)。女性探偵にしては珍しく、母親と二人暮らし。おまけに兄が4人もいて、探偵稼業に反対な家族全員からしょっちゅう干渉を受けていたりも。あと、テコンドーの名手とあるのに、あれ、と思いましたが、チャイナタウンのカンフー教室は女の子を入れてくれなかったからなのですね、納得。
ビル・スミス(これで本名;笑)。半分アイルランドの血を引く白人で、背が高く、こわもてがする中年男性。美術方面に造詣が深く、ピアノの腕前も玄人はだし。
それぞれ自分の事務所を持つ独立した探偵なのですが、仕事上、相棒が必要になった場合はお互いに声をかけるという関係で、交互に主役を務めるというシリーズになっています。相棒以上の存在になることを求めているビルと、このままの関係を維持したいリディア。つかず離れずの微妙な関係も読みどころです。
ビルが冗談めかしてしょっちゅう口説いているという設定もあって、会話が洒脱でテンポも良し。人物、ストーリーの造詣ともに丁寧で、しみじみとした読後感の味わえる佳作シリーズです。

油条にお粥、なんて朝ご飯をリディアが食べていたりして、かなりチャイナタウンに関してはリサーチが行き届いているようなのですが、それだけにえらく気になってしまったのが彼女の中国名。チン・リン・ワンジュでフルネームみたいなんですが、それだと漢字三文字という中国人にはまずありえない名前になんだけど・・・と不思議に思っていたら、第5作『苦い祝宴』にようやく理由らしきものが。もともとリン・ウという名前になるはずだったのが、あまりに小さいのでお兄さんは「玩具」(ワンジュ)かと思った、というのでこの名前になったんだとか。しかし、「たいていの中国人よりひとつ余分に名前を授けられた」というあたりで再び??? それだと例えば「毛沢東」なら「沢」がファーストネーム、「東」がセカンドネーム、と理解してることになりませんか? 中国人の名前をアルファベットで書くと、たいてい漢字を一字ずつピンインに直すから、そういう誤解も生まれるのかな・・・?
『チャイナタウン』

旧正月を控えたある日、チャイナタウンにある美術館から、寄贈されて間もない貴重な磁器が盗まれた。評判を憂えた役員は事件を表沙汰にするのを望まず、旧知のリディアに調査を依頼する。パートタイムのパートナーであるビルとともに、リディアはチャイナタウンのギャングを手始めに、美術商、美術館へと捜査を広げていくのだが、事件は殺人事件に発展していった・・・

薬種商のカオ老人の存在といい、事件解決に結びつくヒントといい、もちろんチャイニーズ・マフィアもしっかり登場、とかなり中国色の強く出た作品。博物館から盗まれた分の磁器に限って言えば、なんだか犯人の気持ちも分かるなあ、と思ってしまったりして。
第1作というのが関係あるのかないのか、捜査の途中でへこまされた分をビルにぶつけて八つ当たりなどしているリディア。そりゃあビルの方がはるかにキャリアを積んでいるのだから、先輩としてアドバイスをする立場になるのも分かるのだけれど、恋人同士ではなく、かといって単なるビジネスパートナーというわけでもない2人の関係(友情と言うほど対等でもないような気がするし)というのがなかなか新鮮でした。
ラストでのお母さんのセリフは軟化と判断していいのかな、と読了した時点ではちらっと思ったりもしたのですが、そう甘くもなかったですね・・・(笑;却ってパワーアップしてるような気も・・・)


『ピアノ・ソナタ』

ブロンクス・ホーム養老院で深夜、警備員が殴り殺された。手口から地元の不良グループの仕業と判断されたが、納得がいかない被害者の叔父ボビーはビルに調査を依頼した。かつて探偵の手ほどきをしてくれた彼の頼みに、ビルは警備の交代要員として潜入捜査を開始するが・・・

老人ホームと地元の不良グループ、貧困と老いの対比が丁寧に描かれた作品。登場する人物もそれぞれに存在感があります。 老人ホームの住人では、いささか口の悪い元ピアノ教師のアイダ・ゴールドスタイン。ビルが彼女の助けで、脳卒中の後遺症で喋ることができないエディ・ショーンから貴重な証言を聞き出すシーンの緊張感がなんとも秀逸です。老人福祉が成長産業なのだという指摘、ここ日本の状況を顧みてもなんだか苦いものがありますね。老人ホームが刑務所になぞらえられていたりするし・・・
ビルと“友情”を育む元コブラ(=不良グループの名前)のマーチン・カーターの存在もいいですが、一方でコブラのリーダー・スネークの摘発にかけるリンフォース刑事の執念も切ない。
ビルの過去の経歴なんかもちらほら出てきて、ピアノが彼を救ってきたことがよく分かります。ピアノを弾いているときの内面描写なんぞ、何を聴いても“バレリーナの音楽”と似たり寄ったりの感想しか持てない人間にはちょっとついていけない感じでしたが・・・(汗)。
来世に地獄があればいいと思う、と言いながら、それでもできる限りの手を打っていくビルの姿にしみじみとした読後感の残るラストでした。


『新生の街』

新進デザイナー、ジェンナ・ジンの春物コレクションのスケッチが消えた。次いで5万ドルの現金を要求する電話がかかり、評判の失墜を考慮したジェンナは、強請に応じるべく“身代金”受け渡しの仕事をリディアに依頼した。相棒ビルを援軍に指定の場所に赴いたリディアだったが、不意の銃撃に浮き足立った一瞬をつかれ、何者かに金をさらわれてしまう。汚名返上のため、事件の真相を探ろうとするリディアとビルだったが・・・

『チャイナタウン』は兄ティムの紹介で引き受けた事件でしたが、今度の事件をリディアに紹介したのは写真家の兄アンドリュー。リディアに好意的な兄なのですが、やっぱり妹は守ってやらなくちゃ、というところはあって、途中でお約束の兄妹げんかシーンあり(笑)。
身分を騙っての潜入捜査の場面が多く、負けん気の強いリディアの面目躍如という感じです。 ジェンナに「自分がほんとうに行きたい場所に向かっているように歩く」と言わしめるのももっともかも。第1作よりは中国色は薄いような気がしますが、それでも搾取工場で働く中国人移民の実態などが登場して、なかなか興味深かったです。
ラスト近くでのリディアの「女はみんなクラーク・ケントが好きなのに」というセリフに思わず笑っちゃいまいました。そりゃあそういう感想も出てくるってもんですよね〜。
ところでモデル・プロダクションへ行くときにリディアの使った変名ですが・・・ミシカ・ヤマモトってのは一体何人のつもりなんでありましょうか・・・? 日系3世くらいだったらふーんと思わないでもないけど。


『どこよりも冷たいところ』

マンハッタンの建築現場で工具が頻繁に紛失する。見積もりを抑えて入札した都合もあり、建築会社はクレーンの操作係の失踪を機に、疑わしい班長の素行調査を探偵事務所に依頼。仕事をまわされたビルは、レンガ工として潜入捜査を開始したが、ほどなく一人の工員が瀕死の重傷を負う事件が起きた・・・

骨身にしみる寒気のある建設現場が、そこで働く人間から命(の証みたいなもの)を取り込み、一人前の建物になる、という冒頭のエピソードがなんとも印象的。とにかく建築現場のリアリティが圧倒的で、さすが建築家の経験がある作者の作品だなあと思わせます。この人の作風からして、さぞかし建物は堅牢なものを設計したんでしょうね。
しみじみとした読後感というよりはなんとも苦い結末なのだけれど、登場人物の存在感は健在。レンガ積みの現場でビルの相棒となるディメイオのキャラクターが良いのはもちろんですが、施主の黒人女性デニーズ・アームストロングのつっぱりぶりもなかなか。ただ、デマティスの葛藤がもう少し丁寧に書き込まれていると『ピアノ・ソナタ』クラスの読後感になったかな、という気がしなくもないですが。
それにしても、ビルが建設現場で働きだしたとたん、女は引っ込んでろ、というマッチョな態度になった、というリディアの抗議が面白かったです。一緒に働いてたのはディメイオで、彼はそんな印象でもないんですけどね。どこから影響されてたのかな?


『苦い祝宴』

中華料理店で働く青年4人が、ある日突然揃って姿を消した。彼らが勤めていたのは、チャイナタウンの大物が経営する有名店。最近始められた組合活動に関して、店と対立があったらしいが、その程度のことで拉致されたり消されたりするはずもない。組合の顧問弁護士である友人のピーターから話を聞き、半ば強引に捜索の仕事を引き受けたリディアだったが・・・

リディアが飲茶レディになって中華料理店で働いたり、お茶菓子に出てくるのがにこにこ団子(開口笑だ!)だったり、人を匿うのに使う場所が互助組織である宗親会だったり、と中国色のとっても強い作品。リディアとビルの情報交換シーンの舞台はたいていレストランで、料理のことも丁寧に描かれているのですが、それにしても主要舞台がレストランで、これだけ中華料理が出てくると、お腹が空きますね〜(笑)。
「鶏を割くに牛刀をもってする」とか「虎の威を借る狐」とか、我々にとってはおなじみの成句を、リディアがビルに解説しているのもなんだか新鮮で楽しかったです。
事件自体の背景には、やはり中国移民の問題があって、密航のシステムがあれば、それを利用しようとする人間が関わってくる、というのがなんとも苦い真相。労働組合ができると不法移民が働けなくなる、というリディアの母の指摘には目から鱗が落ちました。
ただし、ツァオ・ジーの動機だけ、納得行くものが出てこなかったなあ、というのが最後までちょっと消化不良の感。それに、中華民国って台湾ですよね・・・?

シリーズ作品リスト        訳:直良和美  創元推理文庫
『チャイナタウン』
China Trade
1994
『ピアノ・ソナタ』
Concourse
1995
『新生の街』
Mandarin Plaid
1996
『どこよりも冷たいところ』
No Coulder Place
1997
『苦い祝宴』
A Bitter Feast
1998
『春を待つ谷間で』
Stone Quarry
1999
『天を映す早瀬』
Reflecting the Sky
2001
『冬そして夜』
Winter and Night
2002
『シャンハイ・ムーン』
The Shanghai Moon
2010
『この声が届く先』
On the Line
2010
『ゴースト・ヒーロー』
Ghost Hero
2011
『夜の試写会』
〈短編集〉
2010
『永久に刻まれて』
〈短編集〉
2013

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