ジョン・ダニング   John Dunning
『死の蔵書』 Booked to Die 宮脇 孝雄 訳  ハヤカワ・ミステリ文庫

腕利きの「古本の掘出し屋」が撲殺されて発見された。事件を担当するのは、古書について該博な知識を持つ刑事クリフ。被害者の部屋を調べた彼は、戸棚の中に高く売れそうな本が何冊もあるのを発見する。しかし、最後に目撃された被害者は尾羽打ち枯らした様子だった。調べを進めたクリフは、被害者が大きな本の取引に絡んでいたらしいことを知るのだが・・・

多少ハードボイルドっぽいところはあるものの、どちらかといえばこつこつ調べて真相に辿り着く、凡人探偵の系統のミステリなんだろうな、と予想しながら読んでいたため、真ん中へんまできてあんぐり口を開けることになりました。探偵役の環境がこれほど劇的に変わってしまうとは・・・。ここからはストーリーがどういう展開になるのか全く予想できずに読むことになりましたが、最後の最後までどんでん返しがあり、しっかり伏線も効いていて、面白く読めました。
古本といっても敷居の高い稀覯本の世界。私にとっては本は読むものなので、初版がどうの、保存状態がどうのと言われてもぜんぜんぴんときませんでしたが、はたと思い当たりました。そうか、本だと思うから違和感があるのであって、切手と同じと思えばいいのですな。そりゃ美品であるかどうかは重大でしょうし、稀少価値がつけば高くもなるってわけです。

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リチャード・T・コンロイ   Richard Timothy Conroy
『スミソン氏の遺骨』 Mr. Smithson's Bones 朝倉 久志 訳  創元推理文庫

国務省からスミソニアン博物館に出向しているヘンリー・スラッグス。出世の道も見えぬまま、突然の海外からの来賓や、職員のパスポート問題などに振り回される毎日を送っている。そんなある日、来賓を案内した形質人類学の研究室で、頭蓋骨標本の中に創設者スミソン氏の遺骨が紛れ込んでいるのが見つかった。そして遺骨が納められている筈の納骨堂の石棺の中には・・・

舞台になるのがかのスミソニアン博物館だからといって、重厚な科学ミステリなどでは全くありません。訳者あとがきを引用すれば「むしろスラップスティックに近いユーモア・ミステリ」、どたばたコメディに近いような作品で、真面目に読んだ日には頭痛がしてくることでしょう(笑)。とにかく登場する人物のほとんどが一癖もふた癖もある変人奇人ばかり、探偵役のスラッグスからして、事件のことよりガールハントのことを考えている方が明らかに多いですから・・・
もっとも、ミステリとしての骨格は結構きちんとしています。とりわけ死体の処理方法は斬新で、さすがは博物館を舞台にしたミステリ、と思わせる凝りよう。スミソニアンの沿革などディテールの描写も詳しく、そのあたりも楽しめました。

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リチャード・マシスン   Richard Matheson
『奇術師の密室』   Now You See It... 本間 有 訳  扶桑社ミステリー

脱出マジックの最中に脳卒中を起こし、今では口もきけず、車いす生活をおくる往年の名奇術師エミール・デラコート。奇術の小道具をなどで溢れかえったマジックルームこと書斎がいつもの居場所だ。屋敷に住むのは2代目として活躍する息子・マクシミリアンとその野心的な妻・カサンドラ、そして彼女の弟・ブライアン。ある日、この屋敷をマネージャーが訪ねてきたが、それがショッキングな密室劇の幕開けだった・・・

えー、よくぞまあこれだけどんでん返しをつめこんだもんだ、と感心するぐらい、ひたすらどんでん返しの連続。最初のうちは素直に目を白黒させてましたが、だんだんと、「あー、これもまたどうせ どこかでひっくり返るんだろうなー」って気分で読んでました。こちらがあんまり奇術に詳しくないもんだから、ある程度種明かししてもらえないと、あれも奇術、これも奇術って、なんでもそれですませてないか?、とか思ってしまいましたし。どちらかといえば、ミステリというよりサスペンスものみたいな感覚で読んでましたが、凝りに凝った中身の割に、動機は意外にまっとうなものでしたね。
ところで、チューブにつながれてなくても生きている人間を植物人間っていうのかしらん、という疑問がまずあり、それから口もきけず、手足も動かせない人間がどうやって語り手になれるんだっ? と思ってたら、最後がなんとも人を喰った結末、でした。

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エリック・ガルシア   Eric Garcia
『さらば、愛しき鉤爪』    Anonymous Rex 酒井 昭伸 訳  ヴィレッジブックス

LAの私立探偵ヴィンセント・ルビオ。パートナーの交通事故死に不審を抱いて突っ走った結果、仕事はなく、金にも事欠いている。そんな彼のもとに、大手探偵事務所から下請け仕事が舞い込んだ。火事にあったナイトクラブの保険金詐取疑惑を調査することになったのだ。調べていくうちに、事件はパートナーの死のいきさつにつながっていく。実はルビオの正体は人間ではない。人間の扮装をしてはいるが、ヴェロキラプトルなのだ・・・

人間の皮をかぶって、人間にまぎれて暮らしている恐竜たち。よくもまあこんな設定考えついたもんだ、いくらなんでも無理ありすぎじゃ(「ボディースーツ 無理して着れば ボンレスハム」が頭に浮かんじゃいましたさ)、と思ってるところへ冒頭のドジシーン。マルタイを間違える探偵とあっちゃ、だいじょぶかコイツ、という気分で読み始める羽目に。

なんでも恐竜たちは〈評議会〉なる組織のもとに、人間社会で生きていく上でのタブーを破る者を監視しており、人間に正体をつかまれたときには、相手を必ず殺さなくてはならないのだそうな。匂いで相手の種を識別していて、異種の恐竜同士では子供はつくれず(・・・そりゃそうでしょ)、人色(人間が相手)はタブー。アルコールには無反応でスパイス(ハーブ)でハイになり(爬虫類ってそうなの?)、ゆえにルビオはアル中探偵ならぬハーブ中探偵、なんですな。
はいはいそういう設定ですか、という感じで読んでいたのですが、これがだんだん伏線として効いてくるのが分かってくるあたりから俄然集中度アップ。恐竜と人間が共存するこの世界、であればこその真相、がなかなか面白かったです。

個人的には女探偵(正体はハドロサウルス)グレンダのキャラクターが良かったです。真相に近づいて、だんだん状況がきなくさくなってきて、それでも捜査を続ける、というルビオに「うれしいねえ。やっとあんたらしくなってきたじゃないか」の一言。なんてオトコ前! こういうさばさばした友情的な男女の関係、好きだなあ。

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『テロリストのパラソル』 藤原 伊織 講談社文庫
アル中のバーテンダー島村は、ウイスキーを飲んでいた新宿中央公園で爆弾テロ事件に遭遇した。翌日店を訪れた女子大生は彼がかつて共同生活をおくった女性の娘だと名乗り、母親が事件の被害者であったことを告げる。さらに、犠牲者の中にかつて爆弾爆発事件を起こして彼とともに指名手配になっていた友人の名が含まれていることを知った島村は、警察から行方をくらます一方で事件の謎を追うのだが・・・

江戸川乱歩賞、直木賞同時受賞作。というわけで全共闘と関係のあるストーリーだったはず、ということくらいは知っていて、正直言うと、その興味から読んでみようかな、と思ったのでした。(うちの両親、世代からいうとこのあたりなのですが、どちらも大学にいなかったので当事者ではなく、我が家ではあんまり話題にならないので)。
読み出したら止まらず、一気に読み切ってしまった小説なのは確かです。ストーリーはしっかり組み立てられているし、登場人物にも存在感があり、ディテールも興味深いものが揃っている。でも、全共闘世代だけが 喜んで読んでいる小説、という揶揄が分かるような気がしてしまったのも事実。
この辺は好き嫌いの問題だと思いますが、何というか、感傷はあるんだけど、精神的な格闘とか、対決が感じられない。依頼を受けて調査に当たっているならともかく、自分が当事者として事件に関わってて、どうしてこの主人公、こんなに淡々と「ノーテンキ」なの? というのがものすごく物足りなかったのです。だいたい、なぜこの主人公アル中なんでしょう? 世にアル中探偵ってのはいますが、ブロックのスカダーにしろ、それぞれ酒に逃避する理由があるのに、この主人公にはそれが見あたらない。捨ててきたものに執着が無いのなら、単なる習慣? 酔って赤の他人にからむくらいなら、ラストで一発犯人をぶん殴ってみたって良かろうに、と思ってしまいましたし。
そんなわけで、個人的には主人公より「奇妙なやくざ」浅井の方が、過去の重さとか内的葛藤を感じさせる分、ごひいきの登場人物でした。まあ、こちらもかなりきわどいところにいるキャラクターではありますが・・・
ところで、主人公(男)、友人(男)、関わる女性(現在死亡)とその娘って組み合わせ、どっかで見たような気がするぞ、と思ったら『佃島ふたり書房』(出久根達郎/講談社)がこれでしたね。回想を書く小説には使いやすいパターンなんでしょうか。

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『ホワイトアウト』 真保 裕一 新潮文庫
日本最大の貯水量を誇るダムが武装グループに占拠された。職員とふもとの住民を人質に、50億円が要求される。タイムリミットは24時間。雪と悪天候に閉ざされたダムに、発電所職員・富樫輝男は単身立ち向かった。かつて自分の過失で死なせた友の婚約者と、同僚を救うために・・・

映画化されたことでも知られる作品。前評判にたがわぬ迫力ある描写、ダムという舞台を存分に生かしたサスペンス・アクションを堪能しながら一気に読み進み・・・ラストで思いきりずっこけました。最後に来てこの終わり方はないだろ〜、とこれほどまでに思わせた本、記憶しているところでは、山本周五郎の『さぶ』以来ではないかと。
別に、冒険小説なんだから敵をやっつけてめでたしめでたしの作品がいい、というわけではないんです。ライアルの『深夜プラス1』にせよ、最近読んだところではチャータリスの『聖者ニューヨークに現わる』にせよ、ラストの一ひねりを面白く読みました。しかしこの本の場合、皮肉というにはいかにも後味が悪い。これだけ後味の悪い設定にしておいて、よくこれほど大部の作を書けたな〜、と妙なとこ感心してしまいました。(自分だったら、ラストでカタルシスを感じられない長編なんかとても書き通せない、と思う。)
も一つ言えば、千晶さんの存在がいま一つ。これだけ筆を割くのであれば、も少し度胸がいいか機転の利く女性を希望します。そりゃ、主人公の活躍を喰ってはまずいのは分かりますが、これほどやることなすこと中途半端だと、心臓に悪いから大人しくしててくれという気分になりまして・・・

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東野 圭吾   Higashino Keigo
『おれは非情勤』 集英社文庫

「おれ」は小学校の非常勤講師。下町にある小学校に赴任して2日目、体育館で女性教諭の死体が発見された・・・。赴任した先々の小学校で起きる事件を「おれ」が解決する連作短編集。その他小学生が主人公の短編2編を収録。

初めて読んだ『魔球』でその筆力は認めたものの、話自体の暗さに印象を悪くし、『探偵ガリレオ』でこれだけ興味をひかれる素材を扱っていながら面白くないってのはきっと、この作者とは相性悪いんだろうなあ、と思って以来手を出したことがなかった東野作品ですが、題名につられて手に取ったこの作品でで多少認識を改めました。意外にハードボイルドな文章が決まる作家さんだったのですね。初出は学研の「○年の学習」だそうですが、大人が読んでも十分に面白い。主人公のドライさ加減がとても良い感じで、子供たち相手に言う教訓めいた台詞も説教臭さがなくて、上手い話の締めくくりになっています。個人的には「1/64」のラストが好きですね。ダイイングメッセージに始まってなかなか謎の方も魅力的。「ムトタト」くらいはさすがにピンときましたけど。

というわけで、私がこの業界に無関係だったら素直に楽しめたに違いない作品なのですが・・・、仕事の都合で学校現場というところを知っている人間にはとっても引っかかるところがたくさんある作品でもあったのでありました。実は、この本を本気で読む気にさせたのは、ぱらぱらと立ち読みした3ページ目。「産休期間である三か月が過ぎれば」のくだり。これはいったいいつの時代の話だ? と思わず初出年代を確認してしまいましたさ。育休を3年とれるようになった時代ですぜ、今は。ま、3年てのは最近の話にしても、私が学生やってたときだってみなさん1年はとってたはず。確かに育休中は給料は出ないんで、ローンでもかかえててしゃかりきになって働かなきゃならない事情でもおありになるんでしょうか、この先生。それに今どき非常勤講師を産休補充に充てるようなけちくさいことする都道府県ってあるんかい、とも思えば、いったいこの先何が出てくるんだ、と変に興味をそそられてしまったのでした。
通読して思ったのは、作者さん、正規採用じゃなきゃ非常勤講師って思いこんでいらっしゃるのかな、ということ。前述の3ページ目に「非常勤講師なんて契約社員と一緒。」てな文がありますが、これは間違いで、ふつう非常勤講師といったら、1時間いくらの時間給で給料をもらう先生のことをいうので、正しくはパートタイマーなのです。で、期間を区切ってのフルタイムの先生は臨時講師とか期限付講師とか、ひっくるめて常勤講師なんていったりしますが、クラス担任は持つわ花壇の水やりはやってるわって主人公の身分は、どう考えてもこっちなんですね。給料の出ない勤務時間外に花壇の水やり押しつけられて、黙って従う主人公だとはとても思えないし(笑)。まあ、小学校の非常勤講師というと思いつくのは音楽なんかの専科補充か、少人数指導補充かってところなので、それじゃドラマになりにくいことは認めますけど。
あと、宮部みゆきさんの「嘘吐き喇叭」(『淋しい狩人』所収)を読んだときにも思ったことですが、小学校の教員免許をとるには教員養成課程を卒業しなければいけない、というのはあんまり知られていない事実なんでしょうか。中学・高校の免許をとるなら「大学3年で方向転換」でも間に合うかもしれないけど、小学校の先生になるなら大学入り直すくらいの方針転換が必要だと思われるんですが。
ついでにいうと、今どき大学出て何年にもなるのに非常勤講師やってるなんて先生、珍しい話でも何でもないです。これが教員の台詞としてでてくるのはとっても違和感あるんだなあ。


『容疑者Xの献身』 文藝春秋

つきまとっては金をせびる前夫をはずみで殺してしまった花岡靖子。娘と呆然とする彼女の前に、アパートの隣人である高校の数学教師・石神が姿を見せた。なんと、彼は事件を隠蔽する手伝いを申し出たのだった・・・。

第134回直木賞受賞作。『探偵ガリレオ』に登場した「ガリレオ先生」こと湯川の登場する作品でもあります。しかし上でも書いたとおりで、『探偵ガリレオ』、個人的には続いてもっと読みたいと思う本ではありませんでして。なのになぜ、出版から1年もたっていないのに、この本を手にすることになったかといえば、職場のミステリ好きの先輩が、貸してくださったからなのでした。「一晩で読めるぞ、どうだ」って(笑)。
で、実際読んでみた感想はというと、残念ながら(苦笑)、シリーズに対する認識を改めるには至らず。やっぱり好きになれなかったですね。確かにトリック自体にはきれいに騙されましたが、白状すれば、後味の悪さとしては最高級。そんなことしてもらうくらいなら、私だったら始めっからおとなしく自首したいわ・・・って感じ。一部で純愛小説の扱いもされていたようですが、本気でこれを純愛と思える人もいるんですね・・・。
なるほどこの石神という人、頭はいいのかもしれないけど、人間の情ってものの把握には大いに欠陥がありそうだ。ま、情なんてもんは論理的じゃないですけど。それにしても一応は人間相手の商売してるのに、少しは揉まれるところはなかったんだろか、と非論理的な文系人間は思ってしまいましたです、はい。

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『富豪刑事』 筒井 康隆 新潮社
五億円強奪事件の時効までにあと三ヶ月。容疑者は四人に絞られているのだが、捜査は尾行を続けるのみで進展がない。捜査会議の席上、神戸大助刑事が一つの提案をした。金の隠し場所を見つけるために、四人に金を使わせてみようというのだ・・・「富豪刑事の囮」。鋳物工業会社の社長が密室で焼死した。自殺する動機はなく、犯人はライバル会社の社長以外に考えられないのだが、犯行の方法が分からない。そこで大助の出した提案は・・・「密室の富豪刑事」。中小企業社長の愛児が誘拐された。従業員に払う給料で身代金を立て替えたのだが、子供は戻らず、もう一度同じ500万円を払えと要求されたという・・・「富豪刑事のスティング」。2つの暴力団が市内で鉢合わせをするという。大助の提案が通り、暴力団を全員ただ一つのホテルに泊まらせることに成功。しかし、夜半に暴力団同士の撃ち合いがあり、その階には断り切れなかった外人の新婚夫妻が泊まっていたのだが、その妻が死体で発見された・・・「ホテルの富豪刑事」。以上の連作4編を収録

事件現場とそっくりの社屋を持つ新会社を作るわ、身代金500万円を立て替えるわ、市内全部の旅館を借り切ってしまうわ、いやあさすが大富豪の一人息子、捜査に自腹を切るったって金の使い方のスケールがちゃいます。キャデラックを乗り回し、ハバナの葉巻をふかし、上等のスーツを濡らして平然としてたりってんじゃ、そりゃあ絶対に刑事には見えない(笑)。金銭感覚はちょっとずれてるというものの、基本的には正義感あふれる熱血刑事なので、イヤミってことはありませんが。父上が毎度ぶっ倒れそうになっては良い知恵を出してくれるというお約束もまた楽しい(笑)。
ミステリが本職じゃない作家さんだけに、読者への挑戦を登場人物に喋らすし、場面をシャッフルして書くし、「ホテルの富豪刑事」じゃあ県警の刑事はワーナー・ブラザースのギャング映画のスターのそっくりさんを揃えるし、とまあこちらも好き放題。
場面転換で改行を入れない癖があるのか、少々読みにくかったですが、意外に推理ものとしての骨格がきちんとしていて、こちらも楽しく読めました。

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