《野球ミステリ編》

ストライク・スリーで殺される  Strike Three You're Dead
リチャード・ローゼン  Richard Rosen
永井 淳 訳  ハヤカワ・ミステリ文庫
アメリカ探偵作家クラブ最優秀処女長編賞受賞作。

8月29日、ペナントレースの最中に、プロヴィデンス・ジュエールズのリリーフピッチャー、ルディ・ファースがロッカールームで他殺体で発見されるのですが、この事件を解決するのが、チームメイトのセンター、ハーヴェイ・ブリスバーグ。
ええ、なんと探偵役が現役の大リーガーなのです。
奇を衒うにも限度ってもんが・・・ と思いましたが、ニックネームが“教授”、野球をやめたら大学時代の専攻テーマ、南北戦争史の研究を再開しようと考えているユダヤ人選手、と設定に抜かりはありませんでした(笑)。

「投手が頭を狙って投げてくるのは、打者の調子がいいときだ。」という出だしを始め、文章がうまいですし、記録マニアのお兄さんや、恋人ミッキーとの会話がいい味を出しています。
(個人的には、ミッキーに連れて行かれたバッティングセンターで、子どもに「おじさんも打って見せてよ。ねえ、きっとおばさんのほうがうまいよ」と言われるシーンが一番好き;笑)

バットくらいだったら普通のミステリでも凶器として登場しますけど、“ピッチャーの投げるボール”が飛び道具のかわりになってたりするあたり、野球ミステリならではですね。
作中のフランセスに比べたら、某元監督夫人なんか、あんまりそのまんますぎで面白く無い、とか思ってみたり(笑)。
それにしても、昨今の日本プロ野球を見るにつけ、フリー・エージェントってミステリの題材になるんだなあ、というのに果てしなくリアリティが・・・(涙)。

ちなみに主人公、引退後に歴史学者ではなくて無免許の私立探偵になっており、2作ほど続編があります。

失投  Mortal Stakes
ロバート・B・パーカー  Robert B. Parker
菊池 光 訳  ハヤカワ・ミステリ文庫

レッドソックスのエース、マーティ・ラブに八百長試合の疑いがあるという。球団の極秘の依頼でスペンサーは調査を開始するが・・・。

スペンサー・シリーズ第3作目。
オーソドックスなハードボイルドとして始まったこのシリーズが、“スペンサー・シリーズ”になっていく転換点の作品。
「その点が問題なんだ。やり方が。問題はその点だけなんだ」とラストでスペンサー自身が語っているのですが、自分の“規範、信念”にどうこだわるか、という方が主たるテーマになっている感じで、どちらかというとあまり野球の話は出てこないです。

ボストン在住のスペンサーですから、やはりレッドソックスのファン。(そういえばシカゴ在住のV・Iはカブスのファンでした。)気を紛らす時に“オールスター”や“レッド・ソックスが優勝した年”のメンバーの名前を挙げる場面があるなど、ディテールにかなり野球が登場するシリーズなのですが、管理人、大リーグにはからきし知識がないもので、『儀式』に“シューレス・ジョー”にまつわる有名な科白「嘘だと言ってよ、ジョー」が出てきたのが分かって喜んだ以外、大方は読み飛ばされてます(苦笑)。フェンウェイ・パーク、3Aポゥタケットなどという単語がすんなり頭に入ってくるというのが、なにやら信じられないような(笑)。

余談ながら、「トーキョー・ジャイアンツ」云々という科白があったため、原文ではどう書いてあったんだろうと物好きを起こして調べてみたら・・・。Yokohama Giantsとなっていたのには大爆笑でした。
(1975年には「ヨコハマ」とつく球団は日本には無かったはずですが。)

九回裏の栄光  The Spoiler
ドメニック・スタンズベリー  Domenic Stansberry
佐藤 ひろみ 訳 ハヤカワ文庫ミステリアス・プレス
アメリカ探偵作家クラブ賞新人賞候補作。

フリーランスの新聞記者、フランク・ロフトンは地元マイナーリーグ球団ホリオーク・レッドウィングスを取材中、チームの二塁手ランディー・グーチェアレイズが殺される事件に遭遇する。事件を追ったロフトンはやがて、殺人と頻発する放火事件を結ぶ、球団オーナーと地元議員の絡んだ不正をつかむのだが・・・

試合では負けてばかり、ちょっとましなピッチャーは酷使され、上にも引き上げてもらえない、というチームが舞台のため、間違っても爽快感は期待して読まない方がいい小説(苦笑)。「苛酷な状況において夢と希望が潰えていくさまを描いたものだ」との作者のコメントもあるそうですし。
全般にリアルな分、あまり救いはないのですが、かつて不正事件にに関わった過去を持つ主人公が、不正を暴く記事を掲載しようと奔走する後半部はなかなか読ませるものがあります。
ロフトンが大学で野球をやっていたという設定のためもあるのでしょうが、野球の場面の描写はかなり丁寧です。

死球  Dead in Center Field
ポール・エングルマン   Paul Engleman
大貫 f 訳 扶桑社ミステリー
1984年度シェイマス賞ペーパーバック部門賞受賞作。

1961年夏。謎の女性の依頼を受けて、脅迫者に会いに出かけた私立探偵マーク・レンズラーはバットで頭をつぶされた死体を発見する。その翌日、ニューヨーク・ジェンツのオーナーから依頼が入った。チームのホームランバッター、マービン・ワレスはベーブ・ルースの持つ年間ホームラン記録60本を破ろうとしているのだが、球団宛にワレスをこれ以上試合に出すなという脅迫状が届いたのだという・・・

バリー・ボンズが73本の新記録を作ったのは今年の話ですし、何年か前のマグワイアとソーサの熾烈なホームラン競争も記憶に新しいところではあるものの、その前に記録を更新した人のことは知らなくて。調べてみたら1961年にロジャー・マリス(“ジェンツ”っていうからメッツの選手かと思ったらヤンキースの選手でした)の打った61本と分かりました。強打者2人という設定は、当時のヤンキースではマリスとミッキー・マントルが「MMキャノン」と呼ばれていたことの反映でしょうし、ブーイングがすごかったこと、コミッショナーの特別見解によって新記録とは認められなかったことなど、アウトラインはかなり当時の状況に即しているようです。(当時のことを描いた「61*」という映画もあるのだとか)

今年ルースの他の記録をいくつか破ったボンズも脅迫を受けたとかいう話ですから、40年たった今でもルース崇拝は健在のようです。さすがにティドウェルじいさんほどイっちゃってる人間はそういないと思いますけど(笑)。
そういえば日本の記録はまだまだ健在でしたね。記録を破りそうな選手が出てきたとき、二度とも対戦相手のチームの監督をやってるなんてすごいなー、と妙なとこ感心した管理人です(笑)。

主人公マーク・レンズラーはかつてマイナーリーグの二塁手で、左目に受けた死球のために失明し、私立探偵になったという設定。一人称「おれ」で語られる小説ですから、あまり格調高い語り口ではないです(笑)。
最後まで展開はよめませんでしたが、引っ張られた分、終わり方が何となく物足りないというか、余韻がないというか。エピローグの一つも欲しいような気がするんですが。
ディック・フランシスを読んでいて、守備の下手な野手が“フィールディング”って名字だったら笑えるだろうな〜などと思ったことがあるんですが(笑)、この小説ではオーナーの名字に使われてました。あんまりフィールディングのいいオーナーでも無さそうですけど・・・
次作で扱われているのはピンナップガール失踪事件ですが、その次の『永久追放』は再び野球界が舞台だそうです。

狙われた大リーガー  Follow the Sharks
ウィリアム・G・タプリー  William G. Tapply
島田 三蔵 訳 サンケイ文庫

コインのクライアントの一人、サム・ファリーナの孫E・Jが行方不明になった。E・Jの父はかつてレッドソックスの剛速球投手だったエディ・ドナガンだが、3年前にサムの娘と離婚して息子とは別居していた。ほどなくコインのもとに誘拐犯から電話がかかってきた。なぜか犯人は身代金の配達係にコインを指名してきたのだが・・・

弁護士ブレイディ・コインシリーズ3作目(前作はこちら)。
もともとスポーツ雑誌に寄稿していた経歴のある作者ということで、エディ・ドナガンをめぐるディテールには目を見張るところがありました。大学3年生がドラフトで指名できて、入団は1年後でその間の授業料は球団持ち、なんて契約が結べるんですね〜、アメリカでは。
(一人娘がまだ海のものとも山のものとも分からない大学在学中の野球選手と結婚するのを、資産家の父が当然のように認めている、というのにも目を見張りましたけど;笑)。

犯罪を扱うミステリーですから、苦い結末が絶対嫌、とはいいません。しかしこの小説の場合、後味が悪いというか、むしろ不愉快に近いもので・・・。犯人に人生をめちゃくちゃにされた被害者が最後に殺されてしまうのに対して、主人公には罪悪感を軽減する事実が与えられる。こんな主人公だけを救済するようなとってつけたようなラストにするんなら、最後の被害者二人くらい助ける展開にもできたでしょ〜、という気がしてしまうのですよ。
犯人の動機が出てこないのも消化不良。端的に言えば金なんだろうけど、職務上の立場を利用して金をせしめる、というよりはむしろこの犯人、はっきり職務を裏切ってるじゃないですか。そこまでのことするんなら、何か強い動機があるんじゃないかと考えたくもなろうというもの。家族が被害に遭った登場人物だって、友人と思っていた犯人に何らかの反応があってしかるべきだろうし・・・

あと、些末なところですが一つ。謎の東洋人女性が登場するんですが、主人公、一度会って喋っただけで、本名も知らないのに日本人だと判断してるんですよ。チャイニーズでもコリアンでもなくジャパニーズなのは何が根拠なんだ? と東洋人としてはめちゃくちゃ気になったんですけど。

パーフェクト・ブルー  Perfect Blue
宮部 みゆき  Miyabe Miyuki
創元推理文庫

夏の甲子園大会出場が期待されている私立松田学園高校野球部のエース、諸岡克彦が殺害され、ガソリンをかけて焼かれてしまう、という事件が起きた。現場に出くわした克彦の弟進也、蓮見探偵事務所調査員の加代子、そして蓮見家の一員で元警察犬のマサは事件の真相を調査し始めるのだが・・・

探偵犬マサの一人称で語られる小説。
“社会派”なテーマが取り上げられている分、やりきれないようは気持ちは残りましたが、筆致が軽快で全体のトーンが明るく(進也のキャラクターがいいです)、読後感は悪くありませんでした。
個人的には・・略)・・なかなか機動力があることは認めるが」「ホント。広島カープみたいなやつらだぜ」なんて会話があったりするのがちょっと嬉しい(笑)。泥棒さんへの科白というのが少々複雑でもありますが。

『火車』に“謎の野球場”が出てくるなど、宮部さんの小説では時々野球がディテールに使われていて、それがなかなか読んでいて楽しいです。(いくつかこちらに拾ってみました。)

作者及び他の作品

鈍い球音  Baseball Rhapsody
天藤 真  Tendou Shin
創元推理文庫

日本シリーズを目前に、「東京ヒーローズ」の名物監督桂が“ほとんど”いなくなってしまった。東京タワーの展望台から、かぶっていたベレー帽と、かけていたマスクと、トレードマークの虎ひげだけを残して消えてしまったのだ。投手コーチ立花の頼みで、新聞記者矢田貝は3人の若手記者とともに捜査にのりだすが、シリーズ第三戦の終わった後、今度は代理監督竹山が、着ていた丹前をすっぽりと残して宿舎から消えてしまう・・・

日本のプロ野球が舞台でもこんな面白い小説が読めるのか!! と読みながら驚喜した小説。(いや、S氏とかN氏の小説を読んだ後だったもので;笑)
「第六感の配線が生まれつき狂っている」との自覚ありの“ボス”矢田貝ら、探偵役の新聞記者がなかなか笑かしてくれますし、試合の描写も
「飛球があがると譲り合って真ん中へポトリと落とし、つぎは勢いよくぶつかりあって尻餅をつき球をフェンス際まで転がした。ゴロは突っ込めば蹴とばし、下がって受けようとして頭を越された。
 打席のかれらも守備ぶりに劣らず惨たるものだった。どの打者もびゅんびゅんバットを振り回したが、空回りの水車の行列だった。峰岸はバットと捕手のミットの間の大きなすき間にすいすい球を配っていればよかった」

という調子で、アナウンサーの絶叫調でないのが嬉しい(笑)。
奇想天外なストーリーではありますが、打ったバッターがサードに走るような珍妙さはなく、作戦などもタネを明かされれば筋は通っていて、安心して読めます。スポーツに生きる男たちの矜持、みたいなものがちゃんとかき込まれているあたりもいいですね。
劇的といえば劇的、劇的でないといえばこれほど劇的でない幕切れもないシリーズの結末、結構好きです(笑)。

作者及び他の作品

スタジアム 虹の事件簿  A Rainbow Over the Stadium
青井 夏海  Aoi Natsumi
創元推理文庫

パラダイス・リーグの万年最下位球団・東海レインボーズ。いつもパーティに出席するような盛装でレインボーズ球場の観客席に現れ、しかも超弩級の野球音痴である球団オーナー・虹森多佳子は、スタジアムで見聞きする不思議な事件を鮮やかに解き明かす。連作短編集。

上記の『鈍い球音』が好きな人にお薦めします、というコピーにつられて手に取ったのですが、看板に偽りナシ! でした。ユーモアある語り口、大好き(笑)。
最初からオーナー虹森多佳子の野球音痴ぶりが笑わせてくれますし、一話ごとに異なる語り手、観戦中の試合を生かした推理の組み立て方がなんともうまいです。
フェールやホームスチールといった、めったに見られないようなシーンもあり(フェールなんてルール、初めて知りましたが、そりゃ滅多にやる奴いないよな・・・)。

相手チームの選手もフランチャイズにちなんだような名字になってますが、レインボーズの選手はすべて色の入った名字。外人選手まで“ブラウン”という凝りようなのがちょっと笑えます。 以前カープにそういう選手いましたね。唯一球場で見たホームランを打った選手(追記:監督にもなっちゃいました;笑)。

それにしても、押し合いへし合いして見なくてもよく(閑古鳥の保護区!;笑)、応援を無理強いされることもなくて、最下位ながら優勝チームには勝ち越し、個人タイトルも誰かが必ず獲得ってチームなんて、ある意味理想的な球団じゃないかと。地元にあったら絶対に球場に応援に駆けつけるのに、と思ってしまった管理人でした(笑)。

魔球
東野 圭吾  Higashino Keigo
講談社文庫

天才投手・須田武志を擁して春の選抜高校野球大会に出場した開陽高校野球部。大会後まもなく、捕手北岡明が愛犬とともに刺殺体で発見される。ほどなくして須田も刺殺死体で発見されたが、なんと右腕が切断され、死体のそばの地面に「マキュウ」という謎の文字が残されていた・・・。

細かいところに張られた伏線が生きているし、登場人物もちゃんと生きた人間を感じさせるし、ミステリーとして大変出来のよい作品であるのは認めるのですが・・・ひとえに読後感が悪かった(苦笑)。
というのも、いわば主役であるピッチャー須田武志に感情移入できなかったのです。あの性格の屈折具合がなければ、この小説成り立たないのはわかるんですが、生い立ちに原因があることがはっきりしすぎてる分、同情を強制されるような感じで余計に辛い。(私はむしろ北岡捕手に同情してしまいましたよ。そんな理由で殺されるなんてあんまりだって・・・)
別に性格のいい登場人物でなければ読むのイヤ、というわけではなく、むしろ多少屈折してるくらいの方が好みだったりするのですが・・・。

白色の残像
坂本 光一  Sakamoto Kouichi
講談社文庫
江戸川乱歩賞受賞作。

東都スポーツの記者中山は、夏の甲子園特集号の企画として、「信光学園、習志野西、取手学園の三校の激突」を主張する。習志野西の監督向井と取手学園の監督真田は、かつて信光学園でバッテリーを組み甲子園で優勝したのだが、不幸な事故から互いに背を向けていた。中山はかつて決勝戦で相対した二人への取材を始めるが、そんな中、野球賭博のハンデ師が殺される事件が起きる・・・。

とかく批判のある、セミプロ化した野球校が毎年のように地方代表になる高校野球の現状、を主題にもってきていて、とにかくストレート一本で真っ向勝負! という感のある小説です。
それだけにずっこけるんですよねえ、出だしの一行目、 昭和六十四年 夏 が・・・。
(単行本になったのが昭和63年9月だからしょうがないんですけど;笑)

個人的に、取手学園の宮本投手の今後が気になります。160キロ近いストレートを投げて、しかもコントロール抜群で、おまけに頭もいいとなればプロの球団がほっときませんよね。やっぱり大金の飛び交う獲得劇が繰り広げられるんでしょうか。プロに行かんと東大あたり狙っちゃいそうな気もするし・・・。
というか、宮本以外の選手にまったく存在感が無いんですよね。『パーフェクト・ブルー』の後で読んだりすると、向井監督は一体、選手たちの将来をどうするつもりだったのよ? というのが大いに気になるんですけど。

四万人の目撃者
有馬 頼義  Arima Yorichika
中公文庫

不調が続いていたセネタースの4番打者・新海清は、ダブルヘッダーの第二試合に二打席連続で長打を 放った。だが右中間にヒットを放った第三打席、三塁を目前にして転倒、診療室に運び込まれたときにはすでに絶命していた。医師は狭心症の発作と判定。しかしスタンドでそれを目撃していた高山検事は 疑念を抱き、遺族を説得して遺体を司法解剖する。担当した監察医は、体内のコリンエステラーゼが減少していることから有機燐剤の摂取の可能性を認めたが、決定的な決め手は見いだせなかった・・・。

昭和33年に雑誌掲載の作品。新海清が戦争に行っていたという設定であったりするあたり、さすがに40年以上前の作品です。でも10年ちょいしか違わない『鈍い球音』と比べても、えらく古いような感じですね。そんな中に「契約金の頭を抑えるための制度」なんてもの(ボーナス・プレーヤーといって、最初の2年は絶対に2軍へ落とせないというもの)が出てくるあたりが苦笑を誘いますが。
しかし正式な捜査でもないのに、所轄の刑事さんは使うわ科捜研は使うわ、伊豆までとはいえ出張には行くわで、当時の検事さんてそんなに権限あったんでしょうかね〜。新海の死に対する疑問てのに根拠があるわけでなく、直感以外の何物でもなかったわけですし。

というわけで、日本探偵作家クラブ賞を受賞した作品である割には、あまりミステリとしての出来の良さは感じませんでした。が、新海の死によってレギュラーのチャンスを掴みかけながら、「新海殺し」という野次がきっかけでスランプに落ち込んでしまった矢後七郎が(年齢の記述がないんですが、高卒で、「永年下積」で「一軍に上がって三年」のあたりから考えて26、7くらいかな。新海の年齢も出てこないんですが、37、8ってとこでしょう。)立ち直って再出発するまでのドラマとしてはなかなか読み応えがありました。淡々とした文体が独特で、これがまた印象的でしたね。

成蹊高校時代に野球に熱中しすぎて放校処分、プロ野球のテストを受けたこともあり、ノンプロチームで10数年もピッチャーをやっていたという経歴の作者だけに(著者近影がピッチャー姿ですよ!)、野球に関する記述は正確だと思うのですが、一ヶ所気になるところが。小説の終盤に、新聞に載ったある記事と新海の打撃成績との奇妙な一致、てな話がでてくるんですが・・・。あのー、この選手には新聞以外のスランプ要因が無かったんでしょうか? 相手ピッチャーの相性とかも?

ちなみに、『化学と歴史とミステリー』(山崎昶/裳華房)という本によれば、本文中に出てくる“P”というのはパラチオンという農薬のことだそうです。人体に対する副作用が大きいとかで現在は製造・販売・使用すべて禁じられているとのことですが。コリンエステラーゼというと思い出すのが例のサリンなのですけど、あれももともとは殺虫剤として開発されたものなんだとか。

この作者には野球賭博を扱った『黒いペナント』という作品もあるそうです。例の「黒い霧事件」が起きたのはこの作品の発表から10年も後で、逆にネーミングのヒントになったのだそうなので念のため。

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