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通行人がベランダから落ちてきた花鉢に当たって即死するという事件が起きた。部屋の住人は切手商の女性で、行きずりで泊めた男ともみ合いになって鉢を落としてしまったのだという。事故後、部屋から逃げた相手の男の行方が知れぬまま、事件は過失致死事件と認められるかに見えたのだが・・・ 盗まれるのが切手だったり、切手収集家が登場人物だったりするミステリはありますが、これは切手そのものをミステリの小道具に使った、切手ミステリと呼ぶにふさわしい作品。珍品切手「玉六のヨ」の登場するプロローグに始まって「見返り美人」を使った殺人トリック、切手を使ったメッセージ、ニッポニカ切手の謎、と盛りだくさん。 ニッポニカ切手と利権と政治の絡ませ方など、こういう使い方も考えられるか、とちょっとびっくりしました。自分がニッポニカ好きでないので、思い至らなかったですね(笑)。県別切手帳という商品に、ふるさと切手発行前の発想だな、といささか時代を感じるところもありましたが。当然捜査に当たる刑事さんにも切手収集家が登場、この駆け出し刑事のキャラクターがなかなか良かったです。 もっとも、切手商の女性があまり感情移入しにくいキャラクターだったり、真犯人に辿り着いてからその人物を追いつめるまでが何かまどろこしい印象だったり、と少々難を言いたいところもないではなかっただけに、個人的に一番気が抜けたのはラストでした。これで切手ミステリのシリーズものが期待できるようだったら、次作に期待をかけられたのに・・・ そういえば決めてとなった、切手に残った指紋、どうやって採取したんでしょう? かなり気になります(笑)。気になるといえば、ニッポニカの画像をどうやって作ったのかも・・・。 |
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宝石と切手の収集家として知られる出版業者ドナルド・カークの待合室で、身元不明の男が殺されていた。しかも、被害者の着衣をはじめ、その部屋の家具も何もかも、動かせるものはすべてさかさまにひっくり返してあった。犯人は何の必要があって、すべてのものをあべこべにしたのだろうか? 福州のエラー切手、なんて珍品切手が出てくるミステリです。二色刷の切手なのですが、一色を誤って裏側に刷ってしまったというもの。『エラリー・クイーンの冒険』にも「1ペニイ黒切手の冒険」という短編があるくらいで、なかなか切手収集にもお詳しい作者であるらしい。(ペニー・ブラックの方では、切手をさわるときにピンセットが出てこなかったのが謎ですが) 個人的な感想を言わせてもらえば、これだけ変わった殺人にしては動機がありきたりすぎで拍子抜けというか、もう少しねじくれた動機が欲しかったな、などと思うのですが(笑)。 しかし、日本人ではよっぽど欧米のことに詳しい人じゃないと、この「読者への挑戦」は受けられないですね〜。 |
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顧客の富豪オリバー・ウェストンの依頼で弁護士コインは切手売買の取引を代行することになった。ウェストンは世界に1枚しかないといわれるオランダ発行のブルー・エラー(本来はオレンジ色)を所有しているのだが、自分もブルー・エラーを持っているのでそれを買い取ってほしいという匿名の手紙を受け取り、自分の切手の価値を守るために取引に応じることにしたのだという。車椅子生活の依頼人に代わって取引をまとめたコインだったが、男は当日約束の電話をかけてこなかった。その前夜に撲殺され、切手も行方不明になってしまったのだ・・・ 弁護士ブレイディ・コインシリーズ2作目(次作はこちら)。 珍品切手をめぐる殺人事件と聞いて、実際にそういう殺人事件が起きているという話を何かで読んだなあ、と思っていたら、中盤に登場しました、ハワイアン・ミショナリ切手のエピソード。改造切手にまつわる話も出てきて、ドイツ訛りで喋る切手商・グラウスタイン氏の話はなかなか面白かったですね(ドイツ訛りで“ジャーマンズ”が“チャーマンズ”にはならないのでは? とは思いますけど)。 終盤に入っての展開が展開だっただけに、郵趣家の風上にも置けないぞ! と本気で憤慨しかけましたが、こういうオチでしたか。最後に明かされる真相の皮肉なことといったら・・・ 話のテンポがのろいというのが訳者あとがきで指摘されていて、納得するところはあったのですが、個人的にはむしろ、主人公がなんかいけ好かないという印象の方が強かったかな。デボラやザークとの会話を読めば、作者が主人公の欠点を把握しているのは分かるんだけど、主人公に感情移入できないという点で、うまく作品世界に入り込めなかったですね。これは私が女だからかもしれないですが。 |
ピーター・ラヴゼイ Peter Lovesey | |||
バースの地元メディアに盗難予告らしき謎かけが届いた。ヴィクトリア美術館のターナーが目的と思われたが、盗まれたのは郵便博物館の〈ペニー・ブラック〉。数日後、ミステリ愛好会〈猟犬クラブ〉の会合で、会員のマイロが密室講義の章を朗読するべく『三つの棺』を開いた。だが、そこには盗まれた切手がはさまれていたのだった・・・ | |||
ひねりの効いた16編を収録した短編集。どんでん返し、意外な結末,という点ではなかなか面白く読みました。ただ、ハートウォーミングな結末がほとんどない上、犯人が野放しになっている結末が結構多くて、なんとなく後味が悪かったような・・・。 |
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原題を直訳すると『もうひとつのポケットから出た話』。というわけで、ショートミステリー集とは
銘打たれていますが、謎解きものになっていない話もあり。しかし、サボテン盗難事件の顛末を描いた「盗まれたサボテン」や密室物の趣のある「ヒルシュ氏の失踪」、生後3カ月の赤ん坊が盗まれた事件を持ち込まれて途方に暮れる署長をユーモラスに描いた「赤ん坊誘拐事件」など、なかなか謎解きとしても楽しく読みました。「針」の証明過程などは、ほんとかよおい、と思ってしまいましたけれども(笑)。 “話し言葉”小説というスタイルで、語り手が全員男とあってはしょうがないんでしょうが、○○なことは男しかしない、みないなセリフが多くてちょっと引っかかるところもありました。「針」に出てくる決算書作成の話なんか、うちの母親が家計簿の月末締めをやってるところが思い浮かんで、笑えてしょうがなかったですからね〜。 なんといっても、「旦那だって、切手収集とか、昆虫採集とか、一五〇〇年以前の活版印刷本の収集とか、そんなふうなことをしている女なんてものを見たことがありますかい? 絶対なしだね!」なんて断言されちゃっては、私の立場はどうなるのよ! という気分にもなろうというもの。 「切手コレクション」というお話には「要するに、そうすることによって、その小さな紙切れに触れることによって、これらの、どことも知れぬ遠い異国の地との、いわば個人的な、親密な関係をもつのだ」というくだりがありますが、私だってこれが楽しくて切手集めてんだぞ、ということはぜひとも主張しておきたいところです(笑)。 実際のところ、この話はかなりしんみりしたお話なのですが、スウェーデンの切手の切手の国名表記は今でも「スヴェリゲ」(Sverige)だなあ、とか、ハノーヴァーやロンバルディア(希望岬は喜望峰でしょう?)の切手が出てくるあたりが戦前だな、など、ディテールの部分で結構楽しんでしまいました。 「殺人盗難事件」では住人として、熱帯魚の飼育者、チター奏者、菜食主義者、霊媒師と並んで切手収集家が挙がっていましたが、当時のチェコでの切手収集の人気のほどがちょっと気になるところです。 |
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全集第13巻の短編集。11編の収録です。どれもこれもひねりのきいた結末がいかにも天藤ミステリです。面白かったのがタイトルにもなっている「星を拾う男たち」。主人公の拾い屋さん、なんと東大法科の出身なんです。東大出のアウトサイダーが主人公っていうと『テロリストのパラソル』なんかが思い浮かびますが、妙に格好いいあちらに比べると「人間を職業地位で差別しないということぐらいですね」と穏やかに言い返すくらい。どちらの作者も東大出身なのですが、作者のキャラの差がこういうところにでるのかな、と思うとちょっと面白かったです。 舞い込んできた1枚のエラー切手シートが巻き起こす騒動を描いたのが「白い火のゆくえ」。初出が『中二コース』というジュブナイルとあって、主人公は中学生だし平易な文体ながら、なかなか苦い真相。結末に救いがありますが。ミステリとしてはたいそうよくできてると思います。ですが、初出が1964年、とっても時代を感じさせる内容になってしまってるんですね〜。 今どき、学校さぼって新切手の発売日に郵便局に並んだり、バイト使って並ばせたりするような中学生、ありえまへん。出たら倍が相場なんてこともありえない。その当時に買い込まれたんであろう切手が、今金券ショップで額面以下で売ってます。私はたまたま趣味が切手なので、当時の切手狂走曲を知識としては知っているので、かえって面白く読みましたが、何も知らずに読んだら目を白黒させるしかなかったんじゃないかしら。こういうのこそ、同時代を知っている解説者が「解説」してほしいよね、と思った次第。ちなみに問題の切手“十円切手二十枚”で“青い色の切手で、力走する選手の背景、聖火台のほのおがくっきり空をいろどっている図がら”だそうなんですが、架空の切手でしょうね。 →作者及び他の作品 |