9世紀後半、プシェミスル家の首長ボジヴォイによって、ブルタヴァ川を見下ろすフラチャニの丘の上に建てられた。一時期を除いてチェコ公、後にはチェコ王の居城として使用され、建物が増築されたので、今ではさまざまな建築様式の建物がみられる。
ルクセンブルク家のカレル1世(在位1346-1378 神聖ローマ皇帝カール4世)は当時荒廃していた城に大規模な増改築を行い、敷地内に壮麗な聖ヴィート教会を建築させた。宗教改革の時代には1618年の「プラハ窓外放擲事件」の舞台にもなった。ルドルフ2世(在位1576-1611)はやはりこの城に住んで増改築を行ったが、その後のハプスブルク家の皇帝たちはほとんどプラハを訪れなかったために荒廃した。1918年のチェコスロヴァキア独立後、初代大統領マサリクは大統領官邸として整備、改装させた。現在も大統領官邸として使用されているが、一部は公開されている。
旅行記はこちら。