Hrady a Zámky

チェコスロヴァキア編

Hradは小高い丘に建っている城。一般的な城はZámek。
(『旅の指さし会話帳』 池田なつ実・著 情報センター出版局より)
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ベルヴェデーレ宮殿と聖ヴィート大聖堂

プラハ城 Pražský Hrad

9世紀後半、プシェミスル家の首長ボジヴォイによって、ブルタヴァ川を見下ろすフラチャニの丘の上に建てられた。一時期を除いてチェコ公、後にはチェコ王の居城として使用され、建物が増築されたので、今ではさまざまな建築様式の建物がみられる。
ルクセンブルク家のカレル1世(在位1346-1378 神聖ローマ皇帝カール4世)は当時荒廃していた城に大規模な増改築を行い、敷地内に壮麗な聖ヴィート教会を建築させた。宗教改革の時代には1618年の「プラハ窓外放擲事件」の舞台にもなった。ルドルフ2世(在位1576-1611)はやはりこの城に住んで増改築を行ったが、その後のハプスブルク家の皇帝たちはほとんどプラハを訪れなかったために荒廃した。1918年のチェコスロヴァキア独立後、初代大統領マサリクは大統領官邸として整備、改装させた。現在も大統領官邸として使用されているが、一部は公開されている。

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1966.5.9 チェコスロヴァキア発行

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1939-40年
ボヘミア・モラヴィア地域発行
1957.2.23発行

カレルシュテイン城 Hrad Karlštejn

プラハ南西約40km、周囲を山で囲まれた石灰岩の断崖上にあるゴシック様式の城。1348年にボヘミア王となって間もないカレル1世によって建設が始められ、1365年に完成した。主にカレルの収集した聖遺物など王家の宝物を保管する宝物殿として利用された。16世紀後半にはルネサンス様式に改築され、現在の姿は19世紀の終わりにヨセフ・モケルの手によって修復・改築されたものである。
周囲は鋸歯状の低い城壁に囲まれ、戦闘防御の構造をも兼ね備えている。1422年には、フス派による数ヶ月間の包囲攻撃を退けた。
王宮の他に、半宝石が埋められた壁面と聖人画で美しく装飾された聖十字礼拝堂などがある。

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チェスキー・クルムロフ城 Zámek Český Krumlov

13世紀半ばにチェコ系の貴族ヴィーテク家が、曲流するヴルタヴァ川に守られた高台という地の利に目をつけて城を築いたのが始まり。16世紀にはドイツ系の貴族ロジェムベルク家の所有となり、ルネサンス様式の城館となる。その後、1945年まで同じくドイツ系のシュヴァルツェンベルク家の所有となった。17、18世紀にはバロック、ロココ様式に改築された。18世紀には、騙し絵が描かれたマスカレード・ホールが造られ、夏の離宮ベラリエと庭が修復され、とりわけ1766年から67年にかけて当時最も進んだ舞台装置を持つバロック劇場が建設された。建物の総数は40、部屋数は320を超え、全体としてはプラハ城に次いでチェコで第二位の広さである。
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チェコ共和国発行

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1939-40年
ボヘミア・モラヴィア地域発行
1960.3.21発行

ペルンシュテイン城 Hrad Pernštejn

ブルノ北西の山間部、ネトヴィエジツェという村に建つ。ここに最初に城が建てられた13世紀には、城にドイツ風の名前をつけるのが流行だったようで、ペルンシュテインという名前もドイツ語のベーア(熊)とシュタイン(石、岩)からきている(ネトヴィエジツェという村の名はメトヴィエト(チェコ語で熊の意)から)。この城を所有していた一族はペルンシュテイン家と呼ばれるようになり、15〜16世紀にかけてモラヴィアの大貴族として栄華を誇った。
13世紀以降長年にわたって増改築が繰り返されたため、内部は複雑な造りになっている。
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リトミシェル城 Zámek Litomyšl

1566年、国王マクシミリアン2世からこの地を獲得したペルンシュテイン家のヴラチスラフが、チェコ在住のイタリア人建築家に命じて建てさせたルネサンス様式の城。1775年に火災に遭い、内部は古典的様式で再建されている。壁面のスグラフィト装飾はひときわ目を引く。城の内部には礼拝堂や、18世紀に建てられた劇場などがある。作曲家のスメタナは、この城のビール醸造所で生まれた。2000年にユネスコ世界遺産に登録された。

チェコ共和国発行

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ベズデズ城 Hrad Bezděz

ボヘミアにある初期ゴシック様式の城。プシェミスル・オタカル2世によって1260年に建てられた。彼の死後、1279年以後の短期間、王妃クニグンデと王子ヴァーツラフがここに囚われており、オットー・フォン・ブランデンブルクの軍が駐屯していた。1620年以後ヴァルドシュティンのアルブレヒトの所有となり、彼はこの城をベネディクト派の修道院とした。1778年にはプロイセン軍に征服された。1785年に修道院が廃止された後は放置され、最近になって修復がおこなわれた。

1960.3.21 チェコスロヴァキア発行

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ブラトナー城 Zámek Blatná

13世紀前半にゴシック様式の水城として建てられた。1523年から30年にかけてネオルネサンス様式の宮殿が建てられて城館となり、1850年から56年にかけてネオゴシック様式に改築された。古い宮殿と入り口の塔に15世紀半ばからの壁面が残されている。城館は、人工の洞窟やダマシカの公園のある英国様式の公園に囲まれている。

チェコスロヴァキア発行

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ボウゾフ城 Hrad Bouzov

14世紀初めにゴシック様式で建てられた城。その後何度か持ち主を変え、1695年よりドイツ騎士団の所有となるが、その後200年にわたって事実上放置されていた。1896年から1901年にかけてハプスブルク家のオイゲン公によって全体がロマン派ドイツゴシック様式に改築されて現在に至る。この外観のために、歴史映画やおとぎ話の撮影によく利用されている。

チェコスロヴァキア発行

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インドシフーフ・ヘラデッツ城 Zámek Jindřichův Heradec

13世紀初頭にヴィーテク家の分家のインドシーフによって建てられた。ヘラデッツの城主であるスラヴァタ家とチェルニン家の所有の下で、ボヘミアで最大級の城の一つに拡充された。3番目の中庭の、塔のある古い宮殿はロマネスク様式である。15世紀に王の広間と、ルネサンス様式の円柱のあるアーケードが造られた。1773年に火事で焼け、20世紀初頭に再建された。

1955.8.26 チェコスロヴァキア発行

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コスト城 Hrad Kost

ボヘミアで最もよく保存されているゴシック様式の城の一つ。14世紀半ばにファルテンベルク家のベネシュによって建築が始められ、50年ほどかかって息子のペトルの代に完成した。城の全体の形はその当時から変わっていない。1414年にはバズムブルク家の、1497年から1524年にかけてはシェルムベルク家が所有した。30年戦争で損傷を受けて荒廃し、農業用に使われていたが、1867年以後、部分的にゴシック様式に直され、20世紀に復元された。武器やキンスキー家の絵のコレクション、ルネサンス様式の台所の展示がある。

1960.3.21 チェコスロヴァキア発行

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1982.8.31発行 1963.10.15発行

クシヴォクラート城 Hrad Křivoklát

プラハ西約50km、13世紀半ばにヴァーツラフ1世によって建てられたゴシック様式の城。もとはプシェミスル家の狩りの館であった。カレル1世は子ども時代をここで過ごしている。15世紀末にヤギェヴォ家のウワディスラフが城を再建した。この城は数回火事の被害に遭っているが、常に再建され、しばしば政府の監獄として使用された。歴史的な城の内部が見られるほか、ゴシック時代の彫刻、絵画、図書館の展示がある。塔からの眺望もよい。
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オルリーク城 Zámek Orlík

ネオゴシック様式の城館。もともとは13世紀中頃に建てられたゴシック様式の城であった。1508年に火災に遭い、後期ゴシック様式の城へと大規模に改築され、その後イタリア人オルリークがルネサンス様式に改築。19世紀の初めから貴族のシュヴァルツェンベルク家の所有となる。1802年にも火災に遭い、現在の姿に再建された。現在は、シュヴァルツェンベルク家の家具調度と絵画のコレクションを展示する博物館となっている。

1931.5.15 チェコスロヴァキア発行

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パルドビツェ城 Zámek Pardubice

もともとは13世紀末に建てられた別荘だったが、14世紀にはゴシック様式の水城に改築され、さらにペルンシュテイン家によってルネサンス様式の城館に改築された。16世紀初めには要塞として使われ、30年戦争の折には数度にわたる包囲攻撃を退けた。城から城館へと変遷したまれな例であり、国内にはこのような後期ゴシック様式の防衛施設は見ることができない。南翼の3つの騎士の間には、初期ルネサンス様式の内装が部分的に残っている。1920年より荒廃していた城館は改装され、現在は博物館及び美術館として、チェコの工芸品が展示されている。

1941年 ボヘミア・モラヴィア地域発行

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ジークムント門

1986.9.11 チェコスロヴァキア発行

ブラチスラヴァ城 Bratislavský Hrad

カルパート山脈の西端がドナウ川に接する、海抜約260mの丘の上に建つ城。四角い建物の四隅に塔が突き出ている姿から「ひっくり返したテーブル」とも呼ばれている。古くは石器時代後期に形成され、ローマ時代に原形となる要塞が造られた。古い文献には907年に領主ブラチスラウスがここに城塞を造ったと記されている。12世紀にロマネスク様式で建てられ、その後15世紀にはゴシック様式、16世紀にルネッサンス様式、17世紀にはバロック様式と何度も改修、再建を繰り返したが、マリア・テレジアの時代に王宮となり、最も華やかであった。その後、1811年の大火に見舞われた後は、荒廃したままで、2次世界大戦後の1953年にようやく再建され、1962年から一般公開されるようになった。
ブラチスラヴァは現在スロヴァキアの首都だが、かつてはハンガリーの首都であり、ドイツ語名のプレスブルクで呼ばれていた。
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1965.11.20 チェコスロヴァキア発行

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スモレニツェ城 Smolenický Zámok

モルピールの丘の上に、8世紀から12世紀にかけてのスラブ人の砦の遺跡があり、これはボヘミアの道を行き来した商人たちを保護するためのものであった。現在のロマンティックな城の外観は、20世紀の初めに遺跡を再建した結果である。防衛施設の一部は、中世の城以来の形で残されている。

1960.3.21 チェコスロヴァキア発行

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トレンチン城 Hrad Trenčin

11世紀以来、王家の城であり、蛮族の攻撃にもよく耐えた。1309年以後、マテューシュ・チャークが宮殿と塔を建て、1430年には新しい宮殿が建てられた。1475年から1572年にかけて再び改築が行われ、1790年までは実際に人が住んでいた。大規模な改築が行われており、新しくなった建物は、主に博物館として使われている。

1960.3.21 チェコスロヴァキア発行

参考文献:『オーストリア・中欧の古都と街道』 紅山雪夫・著 トラベルジャーナル
       『プラハ歴史散策 黄金の劇場都市』 石川達夫・著 講談社+α新書
       『物語 チェコの歴史 森と高原と古城の国』(薩摩秀登/中公新書)
参考サイト:Česká republika - Zámky, hrady a jiné zajímavosti

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